「お久しぶりにお目にかかります」
 梓彦の館に呼ばれた狭也は、一人で静かな広間に座していたが、忘れもしない居丈高な声を聞いて、はっとした。
 高く結い上げて頭の上にのった大きなまげと、足首まである長い裳を身につけたその姿。正面を向いて静かに座ったのを見たとき、狭也は突き上げるような恐怖を思い出したのだった。頬はこけ、いっさいのまろやかさを失った痩せた女は、片目を白髪の混じった髪で隠し、一つ目で狭也をじっとみつめているのだった。
「お久しぶりでございます、巫女様。郷をお出になられたとばかり・・・・・・」
「この村の人々を放って、どこへ行けましょう。巫女となれる資質と資格がある者は、ごくわずかなのですから」
(あきれたこと)
 狭也とて宮で采女として学んだことがある。鏡の巫女が役を免ぜられたなら、覆すことはできないのだ。もし守の役目を引き継ぐ者がいなければ、近隣の村の巫女が当分の間役目を兼ねることもある。
(何も映さない鏡を守って)
 他の人々はそのことを知るまい。巫女が免ぜられたことを知っているのは、おそらくあの日、川べりにいた狭也と鳥彦だけだ。 
 采女として召し抱えられることになった狭也を憎み、殺そうとした手を口元に当て、女は、ほほ、と笑った。
「狭也様こそ、まほろばより、よくぞご無事でお戻りになられましたね」
 笑みはすぐに蔑みへと変わった。
「輝の御方が汚れた禍つものをおそばに招き、安らがれるはずがないのですから」
「ええ、ほんとうに」
 狭也はおそれも嫌悪もわいてこないことを、われながら不思議だと思った。
(この人は、あたしと同じ)
 月代王の訪れで、永遠に続いていくはずの日々が、取り戻せないものに変わってしまった。社の巫女は、とるにたらない村娘に面目をつぶされ、地位と片目を失った。
 狭也とて、自ら選んだ道がたやすいものだったわけではない。自分の無力さを突きつけられ、しかしあやまちを繰り返してばかりの愚かなこの身は、苦しむことすらも許されないのではないかと思うときもある。
(同じだけれど、違うわ)
 目の前の人は、まだ、過去にいる。そして、進むつもりはあるのか、ないのか。
「尊い輝の御子様方は、天の宮へお帰りになりました」
 狭也は顔を上げて、まっすぐに彼女をみつめた。女はややひるんだように目をしばたいた。
「お帰りになった? ありえない」
「梓彦殿からお聞きになられませんでしたか。闇と輝の戦いは終わり、お二人は末の御子にこの国を託されたのです。あなたが巫女だとしても、そうでないとしても、鏡はもう尊い御影を映すことはないでしょう」
「嘘を申すな」
 声を荒げた女を、狭也はみつめた。
「誓って嘘は申しません。輝の御光に守られていればよい時代は・・・・・・終わりました。これからは、人の世です。もしかしたら、神の世を懐かしむときがくるかもしれません。希有な方々のもとで、疑いなく光を信じていられた頃のことを」
 胸元に差し入れた手を引き抜いた女は、その筋ばった手に懐剣ではなく、丸い銀盤を持っていた。それはたしかに見覚えのある輝の鏡だった。
「ですが、歩いていかなくては。進まなくてはならないのです」
 狭也は自分でも驚くべきことを口にしていた。
「どうか、お力をお貸しください。輝の御光が消えた暗い夜でも、星は輝きます。古い土着の神をまつることを、どうかお認めください」
 女はいつしか、居住まいを正し、唇をふるわせていた。
「輝をおびやかす闇とは、やはりおまえのことだったのだね」
 苦しみで顔をゆがめた人は、気力をきゅうに失ったように見えた。
「わかっていた……。おまえが押さえようもない変化をもたらすものだということを。だからこそ、おまえは凡百の中から見いだされたのだろう」
 一つ目から涙がこぼれおち、鏡をぬらした。
「どうとでもするがいい。偽ることにも疲れた」
「闇の巫女として、申し上げます。勝敗がついたわけではありません。優劣などつけようがないものです。ただ、二つのものが混じりあい、とけあい、新たな豊葦原がこれから産まれるのですわ、巫女様」
 狭也はほほえんだ。
「それを見届けてくださらなくては。あたしがしたことを、水に流せと言うのではありません。ただ、わかってほしいのです。あなたは郷のひとびとに欠かせないお方なのですから」

 
  
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りえ

Author:りえ
基礎絵本セラピスト®
妖怪博士(中級)
漢方養生指導士(初級)

養生とは、生命を養うこと。
健康を保ち、その増進につとめること。

絵本セラピーで心をほぐし、ときに妖怪でほんわかし。
漢方の考え方で身体をやしなっていきます。

無理しない、頑張らない「養生」日記です。

古代日本好き。


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