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山の神4

Category空色勾玉 二次
「あの、なぜ王がここにいらっしゃるのです」
 不揃いの箸で菜をつかんだ王は、狭也を一瞥もせずに、眉間のしわをいっそう深くした。
「稚羽矢だけにまかせてはおけん。こやつが国つ神をいたずらに刺激せんともかぎらぬからな」
 狭也は稚羽矢に目をやったが、彼はぱくぱくとよく飯を食べていた。
(食べ盛りの子どもだわ、この人ときたら)
 おそろしいくらい不機嫌な王のすぐとなりで、よくも飯がのどを通るものだ。父は挨拶をすませるとそそくさと外へ出かけ、母は小さな体をいっそう縮めるようにして部屋のすみでかしこまっている。
 狭也は王の手から、ちょうど空になったわんを取り上げた。
「もう少し召し上がるでしょう? 山を歩くのですもの」
 眉を上げた王をにらむと、狭也はおひつから飯をわざと山盛りによそった。
「かまいません。長殿が客人をもてなすようにくださった分がありますから」
 面食らったように王は狭也をみつめたが、素直にわんを受け取った。
「あの、怒っていらっしゃいます?」
「いや・・・・・・なぜだ」
「こわいお顔をなさらないでください。父も母もすっかりかしこまっています」
 すると、箸をとめて王はぎこちなく笑った。
「これは、すまん」
「なんだ、食べないのか?」
 稚羽矢が手を伸ばし、王の膳のうえの酢で締めた魚をつかもうとした。その手をたたき落とすと、王は苦々しい声でうめいた。飛んできた虫を打ち落とすときぐらい、まったくためらいがなかった。
「大王ともあろうものが、人の膳に手をつけるな。浅ましいぞ」
 こうまで嫌い抜かれている風なのに、稚羽矢ときたらまったく気にならないようで、首を傾げた。
「しかし、この魚はうまいのだ。ゆうべもうまいと思ったが、今朝食べてもやっぱりうまい」
 狭也はすっかりあきれて、吹き出した。
「それはかあさんがつけたのよ。魚の腑をとって、塩で漬けるの。加減が難しいのですって」
 王が口に運ぶところを、狭也はそっと観察した。
「うむ、うまい」
 どんなときでも頬をぴくりとも動かさない王の技を、采女であったときに知っていたら、いくらか宮でも過ごしやすかったかもしれない。
 母をみると、まんざらでもないといった様子だ。狭也はほほえんだ。
 母をおぶって家の戸をくぐってきたときは、心底おどろいた。
(この方は、もう少しお笑いになればいいのに)
 気むずかしい表情のために、ずいぶん損をしているにちがいない。狭也とて、短くはないあいだ、科戸王を冷酷な人だと思っていた。それは間違いだったのだと、今ならわかる。
「王がきてくださってよかったわ。あたしは、本当は心配をしていたんです。稚羽矢はこのとおりですから」
 お世辞でもなく、狭也は言った。すると、王は侮辱を受けたかのように顔色をかえたので、狭也のほうが落ち着かなくなった。
 ほどなくして、明るい声が響き、戸口から真人が顔を出した。
「なんだ、増えているじゃないか」
 狭也はへんにほっとして、息を吐いた。
「真人も食べていく?」
「くれるなら握り飯がいい。山でも食えるしな」
 山への案内人というのは真人らしかった。役目に不満があるらしく、彼は腕組みをして頭をかいた。
「山に詳しいといっても、死んだ親父が山守をつとめたことがあるというぐらいなんだ。当代の守は、上手に役目をかわしてしまってな。本当に、してやられた」
 案内役の言葉にしては心細い。
「古い神の社なんて、どんな物知りでも知っているものはいない」
 箸をおいた王が、ため息とともにつぶやいた。
「あてどもなく探さねばならんと言うことか」
「心当たりはある」
 ようやく食べ終えた稚羽矢は、何でもないことのように、穏やかに言った。
「御統に聞けばいい」
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