言祝ぎ

2013.01.15.Tue.12:57
 しろい乳房に吸いつく赤子を、狭也はいとおしげに眺めている。
「前に見たときより、ずいぶんしっかりしたわね。そう思わない? 少しみない間に、ほんとうに丸々と愛らしくなって」
 そう言い掛けられて、稚羽矢は戸惑った。前がどうだったかなんて、おぼえていない。あたたかそうな衣にくるまれた子は、いつだって誰かの腕に大事に抱えられている。抱いてみよと渡されるのを、稚羽矢はそらおそろしいような気がしてずっと遠慮してきたのだった。むろん、よくみたこともない。
 ちいさすぎる。
 落としたら、取り返しがつかない。
「おっかなびっくりでは、この子も落ち着かないわ」
 さしのべかけた手を、稚羽矢はひっこめた。
「・・・・・・やめておく」
「そうね。また来ましょう」
 苦笑いした狭也は、やさしく稚羽矢をうながした。



 闇の女人が子を産んだ。
 狭也は自分のことのように喜び、赤子の世話をしたがった。
 そう話すと、鳥彦は忍び笑いをした。
「狭也もすぐに母親になれそうだ」
「・・・・・・そのことで、聞きたいことがある」
「なんなりと、大王」
「子をさずかるには、どこへ行けばいい」
「どこへって。なにを聞いていたの、今まで」
 あきれた声で鳥彦はうなった。
「あれだけ丁寧に開都王が話して聞かせていただろ。うんうん頷いて、すっかり心得た風だったじゃないか」
「だいたいのところは」
 稚羽矢は欄干によりかかり、ほほに手を当てた。
「そういうことではない」
「稚羽矢でも、気負ったりするの。まったく、平気な顔をしていると思ったけど。ええとね、授かるかどうかは、地上にいるおれたちには預かり知らぬことだというのだけは確かだ。望んで叶わないことも、もちろんある」
「・・・・・・そうなのか」
 鳥彦は、返す言葉が思いつかないように、くちばしをならした。



 寝床に横たわっても眠れずに、稚羽矢は何度も寝返りをうった。
 気配に気づいたか、狭也は鼻にかかったような寝ぼけた声でどうしたの、とたずねた。
「なんでもない」
 かるく吹き出すような声がした。
「あなたも嘘をつくときがあるのね。何か心配事でもあるの? 言ってごらんなさい」
 稚羽矢は少しのためらいのあと、正直に言った。
「狭也にあげたいものがある」
 うれしげに、狭也は笑った。
「そろそろ花が咲きそろうころね。春の野原に連れて行ってくれるの?」
 月の出た晩は、灯りを消してもよくものがみえた。狭也のほほえみはやわらかく、みつめているとすべてが許され、悩みがほどけていくような気持ちになる。
「赤子を・・・・・・あなたの体にくっついて離れないような子を」
 一つ寝床で、わずかな隙間もうめるように狭也は稚羽矢の胸に顔を埋めた。
「あなたからそんな言葉を聞けるなんて」
「皆がわたしではなく、あなたをせっつくのが、なんだか辛い気がする」
 狭也は身じろぎをした。
「言祝ぎだもの。みんないろいろ心配したりしてくれるけれど。ゆっくりでもいい。あなたがそう言い出してくれるのはうれしいけれど」
 寝床をともにするようになってから、両手で数えられるほどの晩をともに過ごしてきた。すぐとなりに誰かの息づかいを聞きながら眠るのは、稚羽矢にとって不思議と落ち着くことだった。すこし手を伸ばせば、あたたかな人肌に触れられる。
「急いてはいけない?」
 稚羽矢は、どうしてこれほど胸が苦しくなるのか、いぶかりながらささやいた。
「わたしが、見たいんだ」
 満たされる。夢をみるよりも心がおどる。
 かすかな吐息をすくうように、稚羽矢は抱きしめた人に口づけをした。
 
 
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