おおきな靴   (糸村和奏さん)

2012.12.31.Mon.18:30


「……。」
「なにしてるんだ、遠子」
下駄箱でなにやら難しい顔をしている少女を見て、菅流は声をかけた。
遠子があわてたように振り向く。
「やだ、菅流。いたの?」
「今来たところだ。それよりなんだ、その顔は」
「その顔ってなによ」
むっと膨れた遠子に、菅流はからかうように笑った。
「ものすごく複雑そうな顔だったけどな」
「そんなこと」
「おれの靴箱に何か入ってたか?」
遠子が覗いていたのは、自分のそれではなく菅流の靴箱だった。
彼女の身長よりも少し高いところにあるその場所は、いつも通り登下校用のスニーカーが入っているだけに見える。遠子は面白くなさそうに答えた。
「何もないわよ? ええ、別に誰かさんの手紙とかチョコレートとか、そういうものは」
「まあ、まだ12月だしな」
「季節の問題じゃないでしょう、あなたの場合」
遠子からすれば理解できないらしいが、実際菅流の靴箱にはそういった類のものがよく入っている。
菅流としては向こうから入れられるものは不可抗力だろうと思うが、蓋がないものだから丸見えなのだ。通りがかるたびに同級生の従姉妹が顔をしかめているのを知っている遠子としてはおだやかな気持ちではないらしい。
「ねえ、この際だから聞くけど。本当のところ象子をどう思ってるのよ、あなたは」
「いい女だと思ってるよ。学校で5本の指に入るほどの」
「それで褒めてるつもりなんだから呆れるわ」
菅流はこっそり笑う。従姉妹でありながらいろいろと正反対の遠子と象子は、気の強いところだけはしかしよく似ている。
幼い頃はぶつかってばかりだったらしい二人は、今でも表面上はそこまで仲良くしているわけではないが、いざとなると必ずお互いの味方につくのだ。特に菅流がらみのことになると、遠子は全面的に象子の味方と言っていい。
もっともそれを遠子に漏らしたら、「わたしが象子の味方なんじゃなくて、あなたが女の敵なのよ」と返されたが。どっちにしてもいじらしいことだ、と菅流は思う。女の友情というのは男には理解できない不思議なかわいらしさがある。
「……それはそうと、なんでおまえはおれの靴箱をにらみつけてたんだ」
今回は別に靴箱にそんな騒動の種が蒔かれているようには見えない。遠子が機嫌を損ねるようなものはないはずだ。
スニーカーを取り出しながら菅流が尋ねると、遠子はため息をついて答えた。
「それよ。その靴」
「靴がどうかしたか?」
「どうもしないけど。大きいなあと思っただけ」
「はあ?」
男の靴が女のそれより大きいのは当たり前のことだ。
いきなり何を言い出すのかと思った菅流に、遠子は自分も靴を履き替えながら言う。
「小倶那の靴もね、すごく大きいの。あなたと同じくらい」
「……小倶那?」
いきなり飛び出した名前に、菅流はなんとなく納得する。自分の靴を見ながら、彼女が考えていたのは幼馴染の彼のことだったのだ。
小倶那の靴のサイズは確か自分よりは小さかったはずだが、それでも遠子に比べればそれは大きいだろう。
「あいつがどうかしたのか? まさか靴のサイズで喧嘩したわけじゃないだろうな」
「違うわよ。ただ、この前あの子が家に遊びに来た時に思ったの」
菅流は内心同情した。テストの前に遠子が小倶那を家に呼びつけるのはいつものことだ。
学年の中でも名の知れた優等生でありながら幼馴染には逆らえない彼が、いつも複雑な気持ちで彼女の家に赴いているのを知らないのはおそらく遠子だけだろう。象子と自分のことや、友人たちの恋話にはよく首を突っ込むくせに、遠子はこと小倶那のことになるとひどく鈍いのだ。
そんなことは露知らず、遠子はしみじみと話し続ける。
「小さい頃はね、わたしと同じサイズだったのよ。わたしがお気に入りのサンダルを川に流してしまって、あの子が靴を貸してくれたこともあったわ。あの子ったら裸足で歩いて怪我しちゃってたのに、家に着くまで言わなかったのよ」
「あいつらしいな」
「でも、この間玄関で小倶那の靴を見たら、すごく大きくて。こっそり足を入れてみたんだけど、ぶかぶかだったわ」
「そりゃそうだろう」
「もう高校生なんだから当然なんだけど、なんか、不思議だったのよね」
いつの間にか身長もすっかり高くなっちゃったし、と呟く遠子に、菅流はマフラーをぐるぐると巻きつけてやった。そうして、ここにはいない小倶那に心の中で呼びかける。
喜べ、小倶那。おまえの努力の方向は間違ってないみたいだぞ。
「ちょっと、何するのよ!」
「おまえな、そういうことは本人に言ってやれ」
「どうして?」
マフラーから顔を出して憤慨する遠子に、その方が面白いからだ、とは言わず。菅流はただ見下ろして笑う。
果たしてそんな話を聞かされた小倶那が一体どんな顔をするか。その先の展開がどうなるか。
「ま、三歩進んで二歩下がる、ってとこだろうけどな」
「どういう意味よ……」
「おまえ次第ってことだ」
男女の差に気づいたら、あとは意識するまでなのだから。



関連記事
コメント
小倶那の不断の努力に心からの拍手を!
手や足の大きさの違いに気付くのは鉄板ですよね。
和奏さまはいつもこういう身近な題材を自然に書かれるのでとても憧れます。
今後の小倶那の受難と希望に妄想が尽きません!

管理者のみに表示