あたたかな手   (糸村和奏さん)   

2012.12.31.Mon.18:00


ぶるりと肩を震わせた狭也に、隣を歩く稚羽矢が不思議そうな顔をした。
「狭也、寒いの?」
「寒いわよ」何を当たり前のことを、という表情で狭也は言った。
「あなたは寒くないの? そんな格好で」
季節はもう年の暮だと言うのに、稚羽矢は薄着だ。かろうじて制服のブレザーは羽織っているものの、ボタンも留めず、さらにその上には何も着ていない。
制服の上にカーディガンとコート、マフラーに手袋に耳当てまでしている狭也からすると、信じられないほどに薄着だ。
言われて稚羽矢は目を瞬かせ、おかしそうに笑った。
「狭也はそんなに暖かそうな格好なのに」
「あたしは冷え性なのよ」狭也はぼやいた。
「特に手先と足先が冷たくなるの。冬はつらいわ」
狭也は末端冷え性ね、と奈津女に言われたのはいつのことだったか。
手袋を取って冷たい手に息を吹きかけると、白い息がふわりと舞った。
「わたしは冬の空気は好きだ」稚羽矢は薄曇りの空を仰いで言った。
「きりっとしていて、潔くて。毎朝、目覚めがいい」
「……心底うらやましいわ」
狭也はぼやいた。冬の朝は布団から出られなくて、いつもギリギリの時間になってしまうのが常である。決して冬が嫌いなわけではないが、時々恨めしくなるのも事実だ。
なにやら悔しくなってきて、狭也は手袋を取った手をおもむろに稚羽矢の頬に当ててやった。
突然の冷たい感触に、稚羽矢はおどろいた顔をして狭也を見下ろす。
「本当に冷たい」
「なによ、信じてなかったのね?」
「ちがうよ」首を振り、稚羽矢は楽しげに笑った。「気持ちがいいんだ、すごく」
狭也は呆れた。確かに稚羽矢の頬はほかほかと温かく、まるで赤ん坊に触れているかのようだったのだ。
「あなたって、体温が高いのね。まるでカイロみたいだわ」
「そう?」言いながら、稚羽矢は頬に当てられた狭也の手を掴み、両手でぎゅっと包み込んだ。
「こうすると、もっとあたたかい?」
臆面もないその仕草は、幼い子供が母親の手を握っているかのようだ。ほほえましく思って、狭也はうなずく。
「ええ、そうね」
「あなたは心があたたかいんだね、狭也」
意外な言葉に、狭也は目を丸くした。「どうして?」
稚羽矢はきょとんとして言った。「鳥彦が言っていたんだ、『手が冷たい人は心があたたかい』って」
どういう経緯でそんな話になったのか、と狭也はため息をつく。
「そういうことを言う人もいるわね、確かに」
稚羽矢はうなずいた。「だから、科戸先生も心があたたかいんだって」
「どうしてそこで科戸先生が出てくるのよ」
狭也がいくぶん驚いて尋ねると、稚羽矢は思い出すようにゆっくり話す。
「鳥彦が先生からプリントを受け取った時に、手が冷たい! って言ったんだ」
「そうなの?」
「すごく冷たかったんだって。氷みたいだってあんまり騒ぐから、科戸先生が顔をしかめてて」
「……鳥彦ったら、また」
その光景が容易に思い浮かんで、狭也は苦笑する。若いが強面のあの教師をそんな風にからかえるのは、後輩の彼くらいのものだろう。
「その時、鳥彦が言ってた。『いいじゃん、手が冷たい人は心があたたかいって言うし』って」
それはからかいの延長か、なけなしのフォローのつもりだったのか。
いずれにしても件の教師にとっては顔に皺が増えるだけだろう、と密かに同情して狭也は言った。
「鳥彦の言うことをあまり真に受けすぎてはだめよ、稚羽矢」
「それじゃ、彼は嘘を言っていたの?」
「嘘というわけではないけれど。あの子は時々、人をからかうから」
ふうん、と稚羽矢は分かったような分からないような顔でうなずく。
「確かにそうかもしれない。手が冷たかろうとそうでなかろうと、狭也の心があたたかいのには変わりがないから」
「あ……ありがとう」
臆面もなく言ってのけた彼に、少し恥ずかしくなった狭也はうつむく。
そんな狭也の顔をのぞきこむようにして、稚羽矢は言った。
「ねえ、狭也。このまま手をつないで帰ろう」
え、と驚いて顔を上げると、稚羽矢はうれしそうにほほえんでいた。
「だって、こうしてれば狭也もあたたかいし、わたしも気持ちがいい」
「稚羽矢、でも」
「狭也には、いつも何かしてもらってばかりだったから」
「え?」
何を言い出すのかと首を傾げると、思いがけない言葉が降ってきた。
「うれしいんだ。わたしにも、あなたにしてあげられることがあった」
包み込む手の大きさは、子供のそれでは決してなくて。
与えられた熱は、手から顔へ、さらには身体全体へと移っていくようで。
果たして自分にとってこの青年は、どういう存在なのだろう。
いつものように自問自答しつつも、つないだ手を離したくない自分に狭也は気づいていた。
「……かえって熱くなりそうだわ」
「なに?」
「なんでもないの」



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コメント
手繋ぎちーさや!手繋ぎちーさや!(掛け声)
きっと稚羽矢は狭也の手を固く握り締めているんでしょうね!
それを想像して私は有頂天です!
そして科戸先生の眉間のしわを私は数えたい!心ゆくまで数えたい!
二人が手を繋いでいる場面を科戸先生が見かけたらどのくらい深い渓谷がその額に刻まれるのか!?(何を気にしているのか)
ちーさやは正義だと思いました。

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