いずれの時も恋は欲張り  (アスワドさん)

2012.12.31.Mon.18:00




いつももう少しゆっくり寝ていろと思うくらい早起きの鈴が、珍しくおれが目を覚ましても起きてこない。
「鈴……まだ寝てるなんて珍しいな?」

むこうを向いてしまって見えない顔をひょいとのぞきこんでみた。

もう朝方は寒いといってもおかしくないような肌寒さなのに、顔にかかる髪が汗のせいで張りついている。

もしやと思いひたいに手をやると、すぐに熱が出ているとわかるほど熱い。
少しだけ開いた口元からもれている息も荒くて苦しそうだ。

昨日の夜も冷えていて、あとから布団にもぐりこんできた鈴の体を抱き寄せて眠ったときも、今考えてみればずいぶん熱かったのだ。
腕の中で子供みたいに丸くなって、あっというまに眠ってしまったのを残念に思ってる場合じゃなく、具合が悪かったのだとなぜ気がつかなかったのだろう。

とりあえず、冷やしてやらないととあわてて裏の井戸に走った。
たらいの置き場がわからなくてそこいらへんをひっくり返していると、あまりの騒がしさのせいで美郷が食事の支度の手を止めてやってきた。

「どうしたのよ、阿高」
「美郷姉、鈴が熱を出して苦しんでるんだ。冷やすのにたらいを探してるんだけど」
「待ちなさい、こっちよ」
美郷は手際よくたらいと手ぬぐいを出してくると、阿高に手渡してくれた。
「これまで休みもしないで動き続けていたのだから疲れが出たんでしょう。今日はあんたも休んでついていておあげなさい。父さんにはわたしが言っとくから」
阿高は少し思案したあと、
「うん…そうさせてもらう、ありがとう」


阿高が鈴の元に戻ってひたいを冷やしてやると、目は覚まさなかったものの冷えた手ぬぐいが心地よかったのか、先ほどよりはずいぶん楽そうな様子になった。

こうやって明るいところで眠っている鈴の顔をみるのは初めてかもしれない。あんなに日差しの下を動き回っているというのに、なぜか不思議に日焼けしない肌は、やはりこのあたりの女たちとはきめも肌の薄さもまったく異なるものだ。
布団のへりに掛かっている指だって、まるで子供のように小さく細い。

元気に毎日笑っているからちゃんとわかってやれてなかったが、相当に無理をしていたんだろう。
できることなら奥に閉じ込めてのんびり暮らさせてやりたいが、鈴の望むものがそれではないのだからどうしようもない。
阿高はため息をついて、冷えてしまった鈴の手を布団の中にそっとしまった。


とりあえず朝飯に握り飯の一つでも食べようと奥座敷に行くと、ちょうど出て行こうとする総武と出くわした。
「親父さま、今日は休んでしまって申し訳ないです」
総武は低くうなずいただけだったが、なぜかふところから大きな柿をとりだすと、
「食べさせてやれ」
と阿高に差し出した。驚いて言葉を失っているうちに総武は振り向きもせず歩いていく。

その背中を見送っていると、肩をたたくものがあった。
振り返ると美郷がお盆を持っていて、握り飯と粥の入った椀、あとなにやら苦そうな色をした飲み物が入った湯飲みが乗っている。
「この煎じた薬、隣のお婆様が鈴ちゃんに飲ませておやりと持ってきて下さったのよ」
「もう隣にまで知れているのか」
阿高があきれていると、美郷は、
そんなのもう村中に広まってるわよと笑う。
「鈴ちゃんよく話しに行ってたからね。あの頑固なお婆様まで味方につけるなんてたいしたもんよ」
小さい頃藤太と悪さをしてよく怒られていた婆様だが、偏屈で有名で誰にでも怒鳴り散らすやりにくい婆様だ。そこによく顔を出していたなんて阿高も全然知らなかった。

美郷に礼を言って盆を貰い部屋へ戻ろうとすると、今度は縁側から頭を覗かせて、今村一番の腕白坊主と言われている正太がいた。
「おい、阿高」
怖いものなしなのだろうか、阿高の腰にまでも届かないがきが呼び捨てだ。
「何だ」
「姉ちゃん大事にしないと、おれが嫁さんにもらうからな」
「姉ちゃんって誰のことだ」
「鈴姉ちゃんに決まってるだろう」
「……そうか」
「これ渡しといておくれ」
正太が阿高に差し出したのは、この寒空の下どこで見つけてきたのか、小さな白い花の束だった。
「頼んだよ」
そう言いおくと正太は走って行った。

「鈴のやつ、あんな坊主まで一体いつのまに手なずけてたんだ……」
家の仕事に野良仕事、その合い間にいろんなところに顔を出して話を聞いたり、子供と遊んだり、それは阿高の思った以上に休む間もなかっただろう。


枕元に戻ると、阿高の気配を感じたのか鈴が目を覚ました。
「目が覚めたか。気分はどうだ」
「……阿高……わたくしご飯のしたく寝過ごしてしまった?」
そう言って起きようとする。
あわてて肩を押し留めて、
「ずいぶん熱があるんだ。動かない方がいい」
「熱?そう……熱だったの。頭の中で何かがぐるぐる回ってるみたいだったのはそのせいね」
阿高はずれてしまった手ぬぐいを除け、ひたいに手のひらを置いてみた。ずいぶんましにはなっているがまだまだ熱い。

「今日はおれもついていていいと言われたから、鈴はゆっくり休め」
「阿高もお休みなの?」
「ああ」
「それなら、どこかへ一緒に出かけたかった」
「またいつでも行けるさ」

鈴はまだ残念そうな顔をしていたが、白い花が目に入ったのだろう、これは?と尋ねた。
「ああ、いつのまに正太と仲良くなってたんだ。鈴を大事にしないとおれの嫁さんにするぞって言ってた」
阿高が花を渡してやると、鈴はうれしそうにくすくすと笑う。
「なんだか正太を見ていると、阿高が子供のころってこんなだったのかなと思っておかしいの」
「確かに腕白だったが、そんな花束渡すような気の利いた子供ではなかったぞ」
「それはそうね」
そう言ってまた楽しそうに笑った。

阿高は親父さまに柿、美郷姉にお粥、隣のお婆様に煎じ薬を貰った事を教えてやった。
「鈴にはおれより味方が多いらしい」
と阿高が言うと、
「すねているの?」
と鈴が言う。
「まさか、よろこんでるんだ」
「そう?」
「でも、なんだか鈴をおれが独り占めするのは難しそうだ」
「阿高、からかってるでしょう」
「いいや、本気だよ」
「笑っているくせに」
鈴はむくれたように頬を少し膨らませた。

「でも、あんまりがんばりすぎて倒れられるのは困る」
「それは本当にごめんなさい」
「でもせっかくだし、今日は鈴の寝顔をゆっくり見させてもらうさ」
「もう!」

阿高はまたすねてふくれた頬を、そっと指で、ゆっくりといとおしげに撫でた。

鈴がはにかみながらも阿高の目を見た。
熱のせいで潤んだ大きな目が、甘えるようにひとつ瞬きをした。
いつもより熱いであろう小さな唇にふれようと阿高が顔を近づけたとき、廊下をばたばたと歩く音がした。

阿高は鈴にもわかるほどあからさまに残念な顔をしたあと、それでもその唇にふれるのはあきらめなかった。
急いで口づけを一つ落とすと、驚いて真っ赤になった鈴を満足そうに見やって、
「これはおれにしかできない」
と実にうれしそうに笑った。


結局そのあとはひっきりなしにお見舞の品が届けられ、阿高の予想通り鈴を独り占めにするのはなかなかに難しいことのようだった。



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コメント
ほのぼのとした気持ちにさせていただきました!
ありがとうございます!
ああっ!コメント残しておいて下さったのに気がつかず申し訳ありませんでした!初のあたその読んでいただけて光栄です。ほのぼのを目指して書いたのでそう言って頂けると本当に嬉しいです。ありがとうございました!
>あとから布団にもぐりこんできた鈴

この一文が私をどれ程惑わせたことか!
ふぉおおおおおおおお!!!
普段の二人の親密さがとても自然に表されていてなんて素晴らしいことなんだろう!と思いました(キリッ
本編では随分とツン期間が長かった阿高のデレ行動はもにょもにょしますが、正直言って大好物です。
本当にありがとうございました。

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