12/26 白鳥 若々しい×ふしょうぶしょう

2012.12.26.Wed.04:07


「そなたの夫は・・・・・・」
 真刀野は、座したままその声を聞いていた。
 胸の高鳴りをおさえることはできなかった。十六になった春、橘の女はつとめを知らされる。一族を守るため、そして栄えさせるため、あるものは神殿にゆき、あるものは婿をむかえ婚いをする。
 真刀野に巫女としての才はない。それは幼い頃から自分でもよくわかっていた。それに、深山にある寒々しい神殿で、ひたすら勤行をするのは若い娘にとっては考えるだけで気が滅入ることだった。
 もしかして、あの人と一緒になれるかもしれない。
 そんなときめきも、あった。
 ところが、夫となるものとして知らされたのは、胸をときめかせていた相手ではなかった。どちらかというと、夫婦になることなど考えられないような人だ。



「それで、どうしたの?」
 遠子が身を乗り出して続きをねだった。縫い物を教えながら話し出したつれづれに、娘はすっかり夢中になって、手など止まってしまっている。
「イヤだから、逃げたのよね?」
「いいえ」
 逃げたなら、ここにこうしているはずがない。
 真刀野は、針をさす手を動かしたまま、遠子に仕事をするよう目で促した。しぶしぶ布を取り上げた遠子は、上目遣いをしながら言った。
「じゃあ、がまんしたの?」
「そういうことではないのよ」
 なんと言ったものだろう。
「知れば知るほど、好きになるということがあるの。うわべだけではわからないことがね」
「ふうん」
 わかったような、納得していない顔で、遠子は首を傾げた。
「じゃあ、今は、とても好き?」
 親指にちくりと針が刺さった。真刀野は顔をしかめた。
 名を聞いて、がっかりした。夫婦になってからも、それほど好きとも思わなかった。
(でも)
 指にふくれた血の玉をすいながら、思い出す。
 遠子をはらんだときのことだ。
 お産はいくらか長びいた。初産のうえ、陣痛は弱くきれぎれだった。真刀野は疲れ切っていた。本当に生まれるのか、産婆すらも焦りをにじませた。
 くじけかけて、負けるものかと、そう思った。
 腕の中でこの子を抱くまで、けっしてあきらめまいと。橘の女の役目など、どうでもいい。ただ、この子をけっして死なすまいと。

 遠子がようやく生まれた日、あの人は泣いていたという。

 仕方なく、受け入れたはずだ。それでも、気持ちはいつかほどける。
「ええ、好きですよ」
 真刀野は、やけに気恥ずかしい思いで、苦笑いをした。
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