12/21 薄紅 あまつ風×食卓

2012.12.21.Fri.04:07

「食えよ」
 藤太がさしだした握り飯を、阿高はためらいながら受け取った。
「どうしたんだ、腹がへっているんだろう。食えよ、食え」
「うるさいな、食うよ。言われなくても」
 いびつな握り飯だ。一口ほおばると、なぜかじゃりっとする。
 砂か? ・・・・・・砂だ。
 水でなんとか飲み下すと、阿高はため息をついた。
 牧へきたのは久しぶりだった。
 遠くでまだ馬のたてがみをなでている鈴を、阿高はながめた。
「なんで握り飯に砂がまじってるんだ」
 藤太が顔をしかめた。阿高は苦笑いをかえした。
「こんど作るときは、握る前に手を洗えと言ってやれよ、阿高」
「まあ、石が入っていないだけましだよ。食えないこともない」
 こうした穏やかな日々が戻ってくるなんて。まだ時々信じられない思いがする。
 自分の信じてきたこと、属してきた世界が崩れていく音を、いつだったか阿高は聞いたことがある。
 ただ立っていることすらむずかしく、強すぎる風にしゃがみこんでしまいそうになって、途方にくれた。
 すべてのものを遠ざけて、つらさを忘れて、眠ってしまいたかった。
「阿高!」
 こちらに手を振る鈴のすがたを、阿高はながめていた。
 竹芝にこうして戻れたのは、鈴がいたからだ。
 小さな叫び声がした。馬面がとつぜん振り向いて、鈴の背を押したのだ。つんのめった鈴は、転んだというのにまだ笑っている。 
「どじだな」
 藤太が笑った。
 もしかして、鈴がいなければ、こんなふうに再び竹芝に戻ることはなかったかもしれない。戻れたとして、これほどもとのようになじめたかどうか。
 癒えなかった焦り、寂しさは、いつのまにか消えていた。
 名残はある。傷跡も残っている。しかし、まあたらしい喜びがいつも生まれ、阿高の胸をみたしている。
 阿高はさいごの一口をほおばると、指をなめつつ鈴のもとに駆けだした。
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