咲く花2

2012.11.03.Sat.04:07
「稚羽矢、なんでもうんと言ってはだめよ」
 帰り道、狭也はつぶやいた。
「わたしだって、なんでもうんと言うわけじゃない」
 稚羽矢にみつめられて、狭也は目をみはった。
「あなたを喜ばせたかった」
 それきり、足に根が生えたように立ち尽くしてしまった。狭也はため息をつくと、思い切って稚羽矢の手を取り、横道へそれた。丘の上の公園へと続く小道には、秋の草が揺れている。急な階段を先に立って登ったさきに、緑色のペンキのはげたあずまやがある。つたが絡まったベンチにかばんを置くと、狭也は稚羽矢を手招きした。
「ねえ、稚羽矢。あたしはね、あなたが好きよ」
「うん」
 憎らしいことに、稚羽矢は平気な顔で告白をうけとめた。
「わかっている? 好きというのは、ケーキが好きとか、子犬が好き、というのとは違うのよ」
「わかる」
 稚羽矢は笑った。
「わたしだって、あなたが好きだよ。あなたのそばにいると、うれしい気持ちがする。楽しくて、胸がどきどきする。あなたのそばにいたいと思う」
 狭也はきっぱりと言う稚羽矢を、ぼうっとしてみつめた。
「狭也?」
 彼の顔が近い。狭也は我に返って、咳払いをした。
「うれしいけど、あなたが見せ物になるようでいやだったの」
 思い出したくないのに、菅流の言ったひとことが頭から離れない。
 稚羽矢を独り占めにしたい。
 それは、胸の底にかくしてある狭也の本心なのだった。
 変わり者と思われている稚羽矢が、すこしでも注目されるのがこわいのだ。二人の間に誰かが割り込んでくるのがいやだなんて。
「あなたの驚く顔がみたかったんだ」
 どこか不安だったのだ。
 稚羽矢が狭也の預かり知らぬ所で何かをするということが。
 でも、よくよく考えれば、狭也は稚羽矢の母親ではないのだし、彼だって狭也にそんな役目をもとめているわけではないのだ。
(あたしは、この人のことをなんにも知らない)
 女子の装いで目の前にたたれたとき、それがわかった。
 稚羽矢は今までどこか閉じた殻の中にすんでいるような人だったが、周りからの働きかけを無視しているわけではない。
(守っているんじゃない。これはあたしのわがままだわ) 
「ねえ、稚羽矢。文化祭、あの姿で出てみたらいいわ」
「・・・・・・狭也は怒るだろう?」
「怒らない」
 どんな顔をしていいか稚羽矢はわからないようだった。思わず狭也は吹き出してしまった。一度笑い出すとなかなか止まらない。
「何がおかしいの」
 稚羽矢はふてくされた顔で言った。
「よくわからない。だめと言ったり、いいと言ったり」
「何かしてくれようとする、その気持ちがうれしいのよ」
「そんなことが、贈り物になる?」
 狭也は言いにく思いながら、つぶやいた。
「じゅうぶんすぎるくらいよ。あたしたちが会った頃を思い出したの。そのときと比べたら、あなたは本当に別人ね」
「そう?」
 稚羽矢はほほえんだ。
「あなたがいると、わたしはもっともっと変われそうな気がする。あなたが気に入るかはわからないけど」
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