帰郷3

2012.10.30.Tue.04:07
 やさしい手の持ち主の看病を、心のどこかで期待していたけれど、そう甘くはないようだ。
 祖父が、菅流の帰郷をききつけてやってきた娘たちを追い返しているという話を、伊良さんから聞くものの、じっさいは、弱った姿など見せて哀れまれるのもいやだったから、文句は言わなかった。
(遠子に笑われるな)
 弱みをみせたくないなんて、虚勢をはるようでめめしい。
(小倶那はこんなとき、甘えてみせるのかな)
 軍を率いる将として、隙のない立派な振る舞いをしていた小倶那は、しかし遠子のこととなると、別人のようになってしまう。遠子がいなければ、小倶那は日高見に根を張って生きることはできなかっただろう。
 ひとりの女を一途にもとめる小倶那が、あやうく思えたときもある。
(甘える・・・・・・)
 そうするには、自分を相手にゆだねなくてはならないのだ。
 相手にゆだねる、それも菅流の苦手なことだった。



 何か、ひどくいい匂いがした。
 ぬくもった肌のにおいだ。どこかなつかしい、しがみついて甘えたくなるような。
(おふくろ)
 なかなかにいい夢だった。生前の母のほほえみはただ穏やかで、ひたいをなでてくれる手はひんやりして気持ちがよかった。
 何がほしいか。母はそうたずねた。
(のどがかわいた)
 唇が湿される。慈雨のようだ。

 おかえりなさい。

 やさしい声を聞いているだけで、慰撫されるように心地いい。菅流は息を吐きだし、絞り出すようにうめいた。
(そばに)
 のべた手に、何かがふれた。やさしい手だ。
 菅流は力を込めてその手をにぎった。
「菅流」
 小さな声は、母のものではなかった。
「眠って。目覚めるごとによくなるわ」
 吐息にまぎれたささやきを、菅流は確かに聞いた。
 これは夢ではない。
 夢だとしても、それはそれだ。

「菅流」

 自分の名を、これほどいとおしげに呼んでくれる人が、生みの母のほかにいるだろうか。
 思い返し、心当たりがないままに、菅流はまた眠りに落ちた。
 
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