帰郷2

2012.10.29.Mon.04:07
 あそこでやはり、雨宿りをするべきだった。
 悔やむ頃には、頭のてっぺんからつま先までずぶ濡れだった。

 のんびり道行きを楽しもうという気にはとうていなれず、ずいぶん駆け足で故郷をめざしてきた。
 あと少しで我が家も近いと思うと、雨宿りする時も惜しかった。

「ひと恋しいと、あなたは元気がなくなるみたいね」

 腹立たしいことだったが、日高見をたつ前の晩に遠子が言ったことが忘れられない。
 菅流にとって、人にひけをとる部分があると思うことはそうはなく、だからこそ、弱点を言い当てられて胸がさわぐ心地がするのだと、わかってはいる。

「菅流は本当にだれかを好きになったことがあるの」

 無邪気な遠子の問いかけは、悪気がないだけにぐさりと突き刺さったのだった。
(それなりに・・・・・・)
 すべてがそれなりだ。胸がやかれるほどの強い感情など、ざっと思い返しても覚えがない。覚えていないと言うことは、ないも同じだ。
 家業にしても、今まで真剣に考えたことがなかった。
 玉造の家の子として、どうあるべきかなど、よくよく考えるのはまだ先でいいと思っていた。仲間と一緒に海を眺めて、夢を語り合うのは楽しくてどこか気楽だった。
 一人の心細さのなかにいると、どうにも調子が出ずによけいなことまで考えてしまう。
 雨の中、菅流はただ川上の家をめざして歩いた。風にとばされないよう笠をつかみ、蓑を雨に打たせながら、ようやくたどり着いたのは夜もふけたころだった。
 あたたかい灯りに照らされた祖父の顔が、これほど懐かしくありがたく見えたことはない。
 旅装をとくなり、菅流は寝床にたおれこむようにして、ずいぶん長い間眠った。



 目覚めてはじめて見たものが扶鋤と今盾のむさくるしい顔だったので、菅流は本当にうんざりしてしまった。にやついた顔を起き抜けに見るほど興ざめなことはない。
 体を起こそうとして、ずいぶん物憂いことに気づいた。頭は痛むし、寒気が間断なくおそってくる。ものを言おうとしても、のどが腫れ上がって声がでない。
「よく帰ってきたな。うれしいよ。おさななじみの声が聞こえないって言うのは、なかなかさびしいもんだからな」
 扶鋤は菅流の様子を見て、訳知り顔で言った。
「疲れた体を雨風に打たせたのがまちがいだ。こりゃ、風邪だな。鬼のかくらんというやつだよ。しっかり休んでおけよ」
 今盾がにやっと笑った。菅流は目を閉じて、うなずいた。
「夜中に帰って正解だよ。でなけりゃ、女の子たちが大挙して押し寄せるとこだよ」
 笑い声さえ出せない。
「菅流が床に伏してるなんてきいたら、女の子たちはたいそう喜んで・・・・・・袋叩きにしにくるだろうね」
 菅流はどうしようもなくやさぐれた気分だった。
 苦労して帰ってきて、これだ。
「休めよ、休め。元気になったら、土産話でもきかせてくれよ」
 言われなくても、寝床に取り残された病人に、休むほかにできることはない。
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