影ふみ3

2012.10.25.Thu.04:08
 一人で出かけた使いの帰り、鈴は川のそばのしげみに身を潜める若者をみつけた。声をかけるべきか迷っているうちに、気配に気づいた人が鈴を恐ろしい顔でにらみつけた。
「あの」
 鈴を怖がらせようとしているのではなく、ひどく驚いたがための表情だとわかったのは、彼がばつがわるそうにうなだれたせいだった。
 鈴は包みを胸の前に抱え、腰を低くしてしげみのうちに隠れると、頭を下げた。
「失礼します」
 ちょうど娘が外へ出てきたところだ。若者はひとつ嘆息した。
「あんたは、誰だ?」
「そんなことより」
 鈴は小さく咳払いをした。
「あの人がこんな里のはずれで、どうやら一人で暮らしているようなので、気にかかっているんです」
 藤太が言うには、娘には思い思われる相手がいるというのに、なかなか婚儀がととのわないのだという。郡領に憎まれた娘の父は、孤立したまま亡くなってしまい、娘はそれからというものひっそりと忘れ去られたように過ごしているのだという。
「おせっかいだな」
 鈴は、男をじっとにらみ見た。
「どうして話しかけないの?」
「できるなら、さっさとそうしている」
「わかった、かくれんぼね」
 むっとしたように若者は鈴をにらみつけた。しかし、すぐにふてくされたようにそっぽをむいてしまった。
「この里内で、あんたのような娘は見たことがない。この道をそんななりで行くんなら、よその人だろう。ほうっておいてくれ」
「ほうっておくも何も、わたくしには、どうすることもできないわ。それでも、この道を通るとあの人のことが気がかりで、たまらないんです」
 若者はそれを聞くと、顔をしかめた。
 娘は川の水をくみにやってきたようだ。
 鈴は胸元から手布を取り出した。流れの中にそれをひたすと、鈴はそっと布をくゆらし、手を離した。
 するすると水に流された手布は、川岸に腰を屈めた娘のもとにうまく流れ着いた。桶を置き、あたりを見回すそぶりをしている。
「あなたも、気になるのでしょう? よそものの娘にあれこれ気遣われるより、近くにすむあなたのような人に声をかけられたほうがうれしく思うものでしょう」
 鈴は有無をいわさず、若者の背中を押した。
「さあ、行ってください」
 若者は仕方なさそうに頭をかいた。手布をしぼった娘は、若者に気づいたか、顔を両手でおおった。
 鈴が言わずとも、遅かれ早かれ若者は垣間見をやめて、あの人に話しかけただろう。
 それだけはたしかだった。
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