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りゅうの嫁取り7

Category千と千尋の神隠し
 繰り返し、繰り返し考えた。
 ハクを救う手だてがあるのなら、なんとかしたい。
 けれど、すべてを捨てられるか。そう聞かれて千尋はたしかに迷ってしまったのだ。
 これまでのすべてを捨てて、ハクのもとへ行く。そのあとどうなるのだろうか。
 きっと、いまのままではいられない。外国へ旅行に行くのとはちがうのだ。くわしいガイドなんてない。心を決めて踏み出せば、もう戻ってはこられない。
 そんな選択をして、ハクが喜ぶとも思えなかった。
(あの人は、きっと悲しい顔をする)
 千尋とハクはあまりにへだてられている。
 神と、人。
 図書館でみつけた本の中には、古今東西、神と結ばれる娘の話がたくさんでてくる。娘たちは神に見初められ、求婚をうける。
 彼女たちは悩まなかったのだろうか。その手を取って、ほほえみを交わすことに、少しもためらいを抱かなかったのだろうか。
 牛、馬、蛇。さまざまな姿をした神々が、鮮やかな挿絵にえがかれている。
 ある昔話では、人に化身した水神が、娘を訪ねてやってくる。夜闇をくぐりぬけて。
 娘は寝床にやってきた男の求婚を受けるのだ。
(ハク)
 彼は千尋のもとに来てくれた。でも、求婚はしてくれなかった。
 辛そうな横顔を思い出すと、胸が痛んだ。
(ハクにいやがられても。今までの何もかもを捨てることになっても)
 昔と現代ではちがう。彼の元に千尋が押し掛けていって、悪いことがあるだろうか。

「千尋、ねえ千尋!」
 リビングで本を読んでいるうちに、すこし眠ってしまったようだった。揺り起こされて顔を上げると、母がため息まじりに言った。
「ベッドで寝たら」
「ねえ、お母さん」
 千尋は開かれたままになった本の挿し絵を見つめながらたずねた。
 人に姿を変えて、娘を訪ねるりゅう。
(ハクが望んでくれたなら、そうしたら、わたしは)
「好きな人がいるの」
 口にしたとたん、その言葉がしっかりと千尋をとらえた。
 そうだ。好きなんだ。
 キャベツをひと玉手にとって、母は笑った。
「ふうん」
「その人がね、遠くに行ってしまうかもしれないの」
 背を向けて行ってしまった人。一人で消えていこうとしているハクは、今どこにいるのだろう。
「もう会えなくなるかもしれない。わたしね、来るなと言われたの。絶対に連れていけないからって。でも、一緒に行きたいの」
 母はそばにきて、千尋の肩に手をおいた。
「水島君のことじゃないんだね?」
 誰と聞かれても、言えないのがつらかった。ハクにはこの世界で身分を証明するものがない。
「千尋を大事に思うから、きっとそう言ったんだよ。千尋はまだ高校生だしね」
「お母さん」
「好きだからこそ、離れるということもあるんだよ。千尋が大切だから、連れて行かないと言ったのよ」
「二度と会えなくても?」
 死で分かたれるのと同じことだ。やっと会えたのに。
 会えればうれしいと、無邪気に思っていた子どもの頃。もとの世界に戻ることだけしか考えていなかった。
 でも今は。
 千尋は子どもではないし、今度こそ、さいごのあいさつだということも感じ取れた。
(会えただけじゃ、いやなんだ。ずっと、ずっと、そばにいたい)
 そばにいて、川のせせらぎのように心地いい声をずっと聞いていたい。すんだ目をじっと見つめていたい。頬をふれあわせて、内緒の話をしてみたい。
 ゆったりと、抱き留めてほしい。
「ずっと待ってたのに」
 本を閉じると、母は千尋に差し出した。その顔つきは、あきれた風ではあったけれど、千尋を責めてはいなかった。
「何してるの。まだ間に合うと、少しでも思うなら、行っておいで」
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