リンは狐に身をかえて、夜の森へ駆けていった。
 あとに残された水島家の人々が気の毒で、千尋はなんだかかける言葉もみつからなかったのだった。
 後かたづけが終わったのは晩飯時だった。
 電話を借りて家に連絡を入れたあと、千尋は通された居間で晩ご飯をごちそうになりながら、矢継ぎ早に質問を受けた。これにはだいぶ困ってしまった。
「神隠しの一件で、おそらくふつうであれば交わるはずのないもの同士が、出会ってしまったのだろう」
 水島の父がうやうやしくそう言った。
「千尋さんは、あちらの世界の人々を引き寄せる、呼び水のような存在になっているのかもしれない」
「呼び水、ですか」
「ふしぎなのは、なぜ今まで平然と暮らしてこられたのかということだ」
「・・・・・・わたしは、守られていたんだと思います」
 ふしぎな友達が力を合わせてつむいでくれた糸。それで作られた特別な髪留めは、千尋を守り続けてくれていたのだ。
「髪留めが切れたのがきっかけだとしたら、荻野はこれからどうすればいいんだ。頼みの神様は、湯治だっていうし」
 水島はため息をはきながらそう言った。
 それきり食卓はしずかなもので、千尋はひきつった笑みを張りつかせながら、なんとか一膳をたいらげた。
 食欲がわいてくるのがふしぎだった。いろいろな事があって頭の中はぐちゃぐちゃなのに、ふしぎとおなかはすく。そんな自分が図太く思えた。
 でも、今はこれでいい。
 泣き伏してなんていられない。



「あの女狐はほんとうに地主神さんの名代なのかな。あやしいもんだよ」
 送ってもらう帰り道、あまりにうさんくさそうに言うものだから、千尋はとうとう吹きだした。
「何がおかしいんだよ」
「なんでも」
「なんでもないなら、笑うな」
 いよいよおかしくなって、千尋はがまんできずに笑い声をあげた。
 ふつうだったら、まともに取り合ってもらえないような話だ。ハクもリンもふしぎなあの世界で出会った夢のような存在で、千尋でさえついさっきまで忘れていたくらいなのだから。
 なのに水島は、あたりまえのように起こったことを受け入れて、ぶつくさ言っている。そのことが本当におかしかったのだった。
 心強くて、うれしい。
「先輩。ありがとうございます」
 街灯のしたで立ち止まると、千尋は頭を下げた。水島はむくれた顔をしていた。
「何の役にも立ってない」
「そんなことありません。先輩がいてくれて、よかった」
 ほんの少しだけ、水島は眉をあげた。
「おまえの話を聞いてやるくらいしかできない」
 声にくやしさがにじんでいる。
 千尋はどういうわけか、いろいろなモノを呼び寄せてしまうという。あの世界に迷い込んだのがきっかけなのか、どうなのか、さだかではない。けれど、守りの力が切れた今、以前よりずっと感覚が冴え、様々なものの気配を感じ取れるようになったことは事実だ。
 危険が及ぶかもしれない。そう水島は言うが、千尋はそれほどおそれてはいなかった。脳天気だとあきれられようと、なぜかわくわくのほうが勝っているのだ。ハクが、リンが、千尋の前に現れてくれた。意味を考えるよりも、ただ再会できたことがうれしく、切ないくらい心がふるえるのだ。
「ありがとうございます」
 この気持ちをどうやって伝えればいいのだろう。千尋は頭を下げた。
「先輩がいたから、夢じゃないって信じられるんです」
「荻野」
 じっとみつめられて、千尋は息をのんだ。
「夢と現実の境界線はあいまいだよ。いっぺん崩れると、なしくずしになる。ふつうの暮らしに戻れなくなる」
 水島は千尋の両手をにぎった。
「ここにいろよ。いてくれ」
 何も言えなかった。胸にうずまく思いは千尋自身にもつかみがたくて、よくわからなかったのだ。
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りえ

Author:りえ
基礎絵本セラピスト®
妖怪博士(中級)
漢方養生指導士(初級)

養生とは、生命を養うこと。
健康を保ち、その増進につとめること。

絵本セラピーで心をほぐし、ときに妖怪でほんわかし。
漢方の考え方で身体をやしなっていきます。

無理しない、頑張らない「養生」日記です。

古代日本好き。


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