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休み時間(RDG)

CategoryRDG二次
 頼りになると思ったことは一度もない。
 実の父だろうがなんだろうが、あんなやつ、絶対に認めたくない。
 殴られても蹴られても、向かっていく気持ちだけはなくしたことがなかった。それを失ったが最後、自分というものはこっぱみじんに砕け散り、あの男の命令を諾々と聞く操り人形にまでおちてしまうことだろう。

「わからないだろうね」
 ばかにするように、あいつは言った。
「この大役を、できることならわたしが仰せつかりたいものだよ。深行がうらやましいね」
 よく言う。どの口がそんな言葉を吐けるのだろう?
 今まで忘れ去っていた息子のことを呼び寄せて、さえない女子の下僕になれと言ってのける顔つきは、この上なく真剣だった。
「あんな女、殺してやる」
「深行、取り消しなさい」
 泉水子のこととなると、たやすく顔色を変えるあの男を、少し滑稽だと思った。腹立ちまぎれに言いたいことをぶちまけてやったことを、後悔はしていない。
 右肩をこっぴどく痛めつけられ、痛む頬を床にぎりぎり押しつけられたとき、気が遠くなりそうだった。深行は踏みとどまってのどがやけるほどの大声で叫んだ。
「殺してやる!」
「やってごらん。できるのならね」
 失笑が返ってくるだけだ。悔しさで頭がいっぱいになる。その反面、冷静な自分がどこかであざわらっている。

 殺せもしない奴がそんなことを言う。
 何を期待しているんだ?
 この男にとって、おまえなんてただの間に合わせ。
 ちょうどいいのがいたから、空白にあてがうというだけの存在なんだ。

 情けなんてない。親しみもない。
 憎まれているほうがまだましだ。それだけの執着すら、あの男は息子に対して持ち合わせていないだろう。
 いっさいの期待を捨て去ったと思っていたはずなのに、いまだにむなしさがこみあげて、鼻をつんとさした。女々しいと思った。こんな気持ちは髪の毛一筋ものこさず、捨てさらなくてはこっちがつぶれてしまう。
(・・・・・・今はかなわない。けど、いつかは)
 あの男は、山だ。遠くから眺めてみると、やさしげでゆったりと薄雲などはべらせて、さも取り付きやすそうに見える。しかし、一歩足を踏み入れると途端に厳しく荒れた山肌をのぞかせ、踏破しようとする者を迷わせる。花園をうちに秘めたかのような顔をして、じっさいは冷たく凍った枯れ山と、吹雪をつれてくる灰色の空をつねにまとわせたような男なのだ。
 どこまでもよそよそしい自分勝手な男。それなのに、鈴原泉水子のこととなると、どうしてあれほど御身大事に扱えるのだろう。命すら捧げてもかまわないという忠信を、注ぐほどの価値があの子にあるのか? まったくもって、深行には理解できない。
 すべてを人任せにして、何一つ自分で考えようとしない。困難は避けるためにあるとでも思っているような、気弱げな顔。
 あんな女は、絶対に、どうやったって好きにはなれない。

「相楽くん、ねえ、聞いてる」
 窓の外をぼんやりと眺めていると、ふいに視界がかげった。
 頬をあからめた小柄な女子に、深行は笑いかけた。
「あ、ごめん。ぼんやりしてた」
「鈴原さんのことだけど」
 ひそめた声で、いい話題でないことはすぐにわかった。
 深行は内心うんざりした。
 気に入られたい、好きになって欲しい。うぬぼれでもなく、そういうときの女の子の顔は、いやというほど知っている。
「鈴原さんってね・・・・・・」
 泉水子という子が、いかにどんくさいか。
 いかにさえないか。いかに時代遅れか。いかに他力本願か。
 聞いてもいないのに、泉水子が弁当をひっくり返して泣きべそをかいていたことまで教えてくれた。
(ほんと、どんくさいやつ)
 深行は思わず吹きだした。
 人を利用するとか、陥れるとか、そういったこととは縁遠い人間だということだけはよくわかった。でも、それだって、わざわざ教えてもらわずとも知っていることだ。
(そんなこと、とっくの昔に知ってる)
 泣きべそをかいた顔をみると、もっといじめてやりたくなった。
 もっと泣け、泣け。泣けば泣くほど、追いつめてやりたくなる。
 思うさま泣ける泉水子が憎らしかった。べそべそしていれば、助けの手が伸びて、よしよしとあやしてくれる人たちがいた泉水子が、心底うらやましくて、ねたましくて。
 深行はほほに手を当てた。切れた頬と痛めつけられた腕を思うと、自分の弱さに吐き気がする。
(あいつは、無頓着だ。どんなに自分が守られているか、気づいてもいない)
「鈴原さんって、サイアクでしょ」
 無知は罪だ。
 こうして泉水子の悪口を言って、深行が賛同するとはかぎらないのに。誰かをだしにして仲良くなる、そんな関係は薄っぺらくていやしくて、価値などみつけられようはずがない。
泉水子から迷惑を被っている深行だからこそ、泉水子を思う存分いじめることができるのだ。
 ひとしきり笑ってから、深行は彼女をみつめてとびきりの笑顔を見せた。
「そうだね、サイアク」
 あの男から盗んだもの。人をそらさぬ笑みは、どこでもたいそう役に立った。
 侮蔑と嘲笑がひそんでいることに、誰も気づかない。
 泉水子は、たしかに特別だ。
 あの男がそう言うからだけではない。
 深行くん!
 そう呼ばれるたび、胸がかきむしられるようにいらだちがこみ上げてくる。そのくせ、無視されるとどうにかして泣き顔をみたいと思ってしまう。
(まじで、サイアクだ)
 深行はクラスメイトに愛想良く手をふると、また窓の外を眺めはじめた。

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