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りゅうの嫁取り3

Category千と千尋の神隠し
「すまない、千尋」
 首を横に振ったあと、千尋の手をそっと握ると、ハクはほほえんだ。
「そなたはやさしいね。こんなわたしを望んでくれる」
 つられるように、千尋は笑った。楽しい気持ちではなかったが、なんとか泣き出さずにはすみそうだった。わめいたら、ハクはきっとなぐさめてくれるだろう。でもそれは、千尋の望みではない。
 ずっとそばに、離れずにいてほしいと。
 そう願うには、二人の間に横たわる壁はあまりに高かった。
「ずっとは無理でも。少しだけ、こうして一緒にいてくれる?」
 あいまいに笑ったハクは、ふと厳しい顔つきになった。
 千尋の手をつかんだまま、一歩前にでた。縁側に立っていたのは、水島だった。
「荻野から離れろ」
 押し殺した声だった。
「なにぼうっとしてるんだ、荻野。はやくこっちに来い」
 千尋の手を握るハクの指に力がこもった。
「そなたは、何だ」
「おまえこそ、何なんだ? うちに黙って入ってくるなんて、いい度胸だな」
「度胸?」
 ハクは冷たい声で言った。
「口のききかたに気をつけなさい。物知らぬ人間の子ども」
「ハク!」
「千尋は黙っておいで」
 油屋で帳場役を仰せつかっていたときの、有無をいわさぬ声でハクはぴしゃりと言った。こんな厳しい、怒りの宿った目でにらまれているというのに、少しもひるまない水島はたいした人だと、千尋はへんに感心した。
「うちには変なのが集まってくるが、あんたは特別おもしろい。荻野をどうするつもりだ」
 庭に降りてきた水島は、ハクを間近で見下ろした。
「そなたには関係ない」
 ハクは外見に似合わない、おごそかにも聞こえる落ち着いた声でそう言った。油屋千疋を従える、力に満ちた声だ。
「ある」
 水島はちらりと千尋を見た。
「悪さをされたら困る。早く在所に帰れ、痛い目を見ないうちに」
「先輩」
 千尋は叫んだ。どう考えても、痛い目を見そうなのは水島のほうだった。
「帰りますから」
「ばか。こいつと抱き合わせて、おまえを見えないところにやるわけないだろ」
「だって・・・・・・」
 水島はじれたように千尋の手を強く引いた。千尋は、よろけて彼の肩にぶつかった。
「ハク」
 千尋は声を上げた。
 ハクは、手を離したのだ。
 千尋とつないだ手を、離してしまったのだ。
「ハク!」
 その顔は、苦しそうだった。離したあとの手を、ハクはじっと見つめ、ほんとうにかすかに笑った。
「そのものと行きなさい、千尋。わたしは、ほんとうに挨拶をしようと訪ねてきただけなのだからね。そなたのそばは心地よくて、つい離れがたくなってしまう。だから、はやく行きなさい」
 千尋の呼ぶ声を振り払うように、ハクは背を向けた。
 急に風が吹き寄せた。土埃の向こう、りゅうのうろこのきらめきを見たような気がした。
 ざわめく木々が枝葉をゆらす。水島の手を振り払い、千尋は叫んだ。
「ハク!」
 一番星が輝くのにはまだはやい。
 夕暮れに赤く染まる雲の向こう、何かが光ったような気がした。
 
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