りゅうの嫁取り2

2012.10.04.Thu.12:44
 正直に言おう。
 おれは、荻野千尋が好きだ。
 あいつは、前にでることは得意じゃないが、自分の意見はきっちり持っている。いつもへらっとしているが、何かに取り組むときはすごく真剣な顔になる。
「・・・・・・好き?」
 祭りの夜、ふいに吹いた突風。
 ほとんど胸に飛び込むようにぶつかってきた彼女は、ほんとうに小さな声で、そうささやいた。夢じゃないかと、そう思った。

 荻野はいつもどこか遠くを見ている。何かを考えているようでもない、そんな表情が気になって、いつのまにか目で追ってしまう。背中に揺れるポニーテイルは後れ毛もなく、細い首がすっとして見える。白いほほに、小さなあご。顔をぐっとあげて、遠くの空を眺めている。
 ここへ越してきてから、今まで、ずっと。
 笑っているけれど、心はここにない、そんな気がした。
 小学生の頃。荻野の靴を川に投げ入れたのは、荻野が怒るところをみたかったからだ。泣くのでも、わめくのでもいい。
 こっちをしっかりとにらみつけ、何を言うのか聞いてみたかったのだ。
 橋の上から靴を投げ込むと、川の流れにぷかんと浮いた靴の片っぽうは、どんどん流されていった。荻野はびっくりしたように目をみはって、泣きもせず怒りもせず、土手を駆け下りていった。
 靴を追おうとしたのか。すこしの罪悪感に背中を押されるように、おれは後をついて川縁におりた。
「わたしの靴!」
 そう叫んだ声は、すぐに笑い声にかわった。
 川底に石でもあって、流れがせき止められるか変わったかしたのだろうか。黄色い靴は、まるでひもに引かれてたように、流れに逆らって荻野のもとへ戻ってきた。
「どうもありがとう」
 大声で川に向かってそう叫んだ荻野をしりめに、川に手を突っ込んで、靴をとりあげふりかぶり、思いっきり下流のほうへ投げた。
「うそだろ」
 靴は、何度投げても、荻野のところへ律儀に戻ってきた。
 尾びれも背びれもないのに、魚のように。
 はやしたてようとついてきたやつらは、すっかり面白がって、自分の靴を脱ぎだした。おれも、つばを飲み込み、靴を脱いだ。砂利に足を踏ん張り、投げてみる。
 すると、川は愛想も何もなく、おれの靴を流れのなかに飲み込んでしまったのだ。同じように靴の片っぽを無くしたやつは、六人ほど。濡れた靴あとをアスファルトにつけながら、荻野は困った顔をしてたっけ。
「あの、大丈夫?」
 よっぽど情けない顔をしていたんだろう。しまいには、泣かせようと思っていた相手に気遣われた。
 返す返す不思議に思えるのは、荻野がふつうの家のふつうの子にはあるまじき、妙な気配をまとっているということだ。
 たとえばそよぐ風の中、かすかに混じる花の香り。
 荻野がそばにくると、すぐにわかるのは、ふしぎな気配をまとっているからだ。なにが、どうとは言えないのがはがゆい。
 どうにも気になる感じは、空に地に満ちる精霊のたぐいも引き寄せる。荻野にまとわりつこうとしている悪意のない小さなモノたちを、何度も見かけた。でも、それらは荻野にとりつけず、周りをうろうろとしているだけだった。
 何かが彼女を守っていたのだ。
 今日学校にあらわれた、りゅうもしかり。
 荻野をめざして一直線にやってきたそれは、うろこを差し出した。
 おれにはそれが、動かぬ証拠に思えた。
 言いたくないが、きらきら輝いてきれいな、宝物にさえ見えたのだ。
 むきだしで、飾られてもいないが、身をそいで用意した求婚の品。
「荻野」
 なんてたちの悪い相手に目をつけられたんだ。

 精霊どころか、あれはどこぞの神だ。
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