りゅうの恋8

2012.09.07.Fri.05:29
 縁側に面した障子はすべて開け放たれていた。午後のひざしは徐々に弱まり、風もつうと冷たく、正座をした膝頭が薄ら寒いくらいだった。
「わたしは、何って」
 真剣ににらむようにみつめられて、千尋は口ごもった。
「わたしは、荻野千尋ですよ。先輩も知ってるくせに」
「たしかに、いくらかは知ってる。でも、肝心なことは何も知らない」
 突然手を取られ、千尋は息をのんだ。にぎりしめた手を開かされると、ほのじろく光るうろこがあった。
「人のもとに、神霊が何かをおいていくことは、めったにない。よっぽどのことだ」
「先輩」
「目をつけられたどころの騒ぎじゃない。これは、たぶん」
「たぶん?」
 水島は手を握ったまま、はっきりと言った。
「連れて行かれるぞ」
「どこへ」
「ここじゃない、どこかに」
 水島は焦りをにじませた目で千尋をにらんだ。
「わるいひとじゃない。あのひとは、やさしいりゅうよ」
「りゅう?」
 かれた声で水島は言った。
「・・・・・・見ていられない。ばかだな、ほんとうに、おまえは。どうしてこんなのを、大事に持ってるんだ? 得体の知れないやつの、こんなのを」
 鼻先が触れ合うくらいだ。
 大事に持っているのは、なくしたくないからだ。
 あと少しで何かをつかめそうなのに、千尋のさがしている糸口は、ただよう風に吹かれてちっともつかむことができない。
 糸口があれば。
 そのとき、どこかで何かが割れる音がした。
 千尋は水島と顔を見合わせると、ぱっとそらした。
 ひざがくっつくくらい近くにいることを、いまさらのように思い出したのだ。
「待ってろ」
「先輩?」
「奥の方だ。ちょっと行ってくる」
 水島は千尋をじっとみつめた。
 彼は、千尋が知らないことを知っているのかもしれない。
 まなざしに、はっきりとした恐れが見え隠れしている。

 座敷に残された千尋は、縁側にでてみた。数歩向こうの生け垣がざっと音を立てた。風に揺れるのとも、どうやらちがう。
 千尋はしゃがみこんで、生け垣の向こうに目をこらした。
 今まで身を潜めていたかのように、姿をあらわしたのは、思いがけない人なのだった。
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