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りゅうの恋7

Category千と千尋の神隠し
 放課後、水島がこわい顔で下駄箱のところに立っていた。
「荻野、顔を貸せ」
 千尋は手の中のうろこを、にぎりしめた。頭ひとつぶんは高い水島を、見上げるように千尋は立った。通りすがりのクラスメイトに肩をたたかれ小突かれながら、千尋は不機嫌そうな水島をいぶかった。
「これから、家に来い」
 断るという選択肢ははじめからないようだ。
「今すぐ。明日じゃダメだ」
 手を引かれて、千尋はしぶしぶついていったのだった。

 水島の家がどうやらふつうの家でないことは、すぐにわかった。
 うっそうとした森は、社を抱く鎮守だ。こけむした石畳が続く先には赤い鳥居が見える。そこかしこの木陰になにかの気配を感じた。振り返っても、なにもいない。
 しんとした境内に足を踏み入れると、なにかの気配はいっそうつよくなった。
「わかるか?」
 数歩前を歩く水島は、たずねた。
「猫かなにかかしら」
「近いけど、ちがう」
 少しだけ振り返った彼の横顔は笑っていた。
「猫はあいつらほど欲深くもないし、飽きっぽくもない」
 遠く、甲高い鳴き声が響いた。
「神さんの使いだよ。ついてくるけど、放っておけばいい」
 足に何かがさわったような気がして、千尋は体を縮めた。
「悪さはしない。いたずらはよくするけど」
 首筋にひたりと、冷たいものがあたった。あわてて手をやると、水にたっぷりとぬれた葉っぱがあった。なにもないところでつまづくと、まあるい石がおいてあったりした。そこかしこで聞こえる笑い声。顔を急いで振り向けると、葉っぱがかさりと揺れている。
「やっぱり荻野は大注目だな」
「だれからですか」
「自然の霊だとか、そういうものから好かれるんだ。おまえみたいな人間は、たまにいる」
「自然の霊って、じばくれい、とか?」
「そういうたちのわるいのも、ひっくるめて」
 水島は声を潜めた。
「とにかく、おまえは真っ暗な空に、ひとつっきりの光っている星みたいなやつなんだ。みんな、それをめざしてやってくる。人でないものたちが」
 千尋はごくんとのどを鳴らした。手ににぎったうろこを、見せようか見せまいか、千尋はずいぶん迷った。
「今まで、おまえはあまり目立たなかった。でも、急に光り出したんだよ。神霊がおまえをめざしてこれるほどに」
 そのとき、なぜ切れてしまった髪留めのことを思い出したのか、千尋はわからなかった。
「先輩、どうしてわたしを呼んだんですか」
 何か言いたいことがあったのではないだろうか。
 水島は生け垣を越えたところにある家に千尋を招いた。
 奥で人の気配がした。廊下で年配の女性とすれ違ったが、千尋のあいさつは聞こえなかったかのように盆を手にもち行ってしまった。めずらしい装束を着込んだ男性が、渡り廊下を足早に歩いていくところが見えた。
「ちょっと家の用事があって、朝からばたばたしてる」
「お邪魔して、いいんですか?」
 水島は気安くうなずいた。
「都合が悪けりゃ、連れてこない」
「はあ」
 通されたのは、千尋の家のリビングを、二つか三つつなげたくらいの広さの座敷だった。
「今日、悪くはないが、良くもないものが学校に来たな」
 ひろい座敷のかたすみに、小さな机がある。その上に雑多と置かれていた本やらノートを片づけて、水島は氷の入った麦茶を置いた。
「それは、おまえを目指して飛んできた」
 千尋はなんとなくばつがわるくて、目をそらした。
「おれにも多少は免疫があるって言っただろ。うちの商売は、人だけじゃなく、神霊のたぐいも相手にするんだ。時々だけど。まあ、そういうことだ。こういう家に生まれた者として」
 水島はまっすぐに千尋をみつめて、こう言った。
「おれは、知りたいんだよ。……荻野。おまえは、一体、何なんだ?」
  
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