りゅうの恋5

2012.09.04.Tue.07:39
 長いようで、終わってみるとこれほど短いものはない、夏休み。
 久しぶりに顔を合わせたクラスメイトに、おはようより先に「ちいちゃん、おめでとう」といわれた千尋は、すっかり驚いて「あ、ありがとう?」と答えたが、そうすると今までおしゃべりをしていたような子たちも、いっせいに千尋のほうへ顔を向けた。
「やっぱりそうなんだ」
「荻野さんもやるなあ」
「ねえ、水島先輩ってどうなの?」
 千尋は窓際の自分の机にかばんをおろすと、好奇心を隠そうともしない人たちをみつめた。
「なんの話」
「お祭り、一緒にいったんでしょ」
「リンゴあめのとこに二人でいたって」
「手、つないでたんだよね」
 それは事実だけれど、そのことと「おめでとう」とをイコールで結ばれると、かなり違和感があるのだった。
「先輩と、つきあってるんでしょ」
 飛んできた声が、おでこにぶつかるような気がした。
 ちくんと、胸がたしかに痛んだ。
 ちがうよ。
 そう言おうとしたが、ちょうど担任がやってきた。
 皆は席に戻り、なにはともあれ千尋は追求をまぬがれたのだった。
 つきあうというのは、好きあうもの同士がすることだ。
 水島のことは嫌いではないけれど、好き、という強い気持ちがあるかといわれたら、自信を持ってうなずくことなどできない。
 もしかして、水島とはぐれなかったら。
 ずっと手をつないでいたなら、戸惑いながら、それでも、千尋の気持ちは水島へ向けられていたかもしれない。
(ハク)
 あの子のせいだ。千尋を驚かせて、さんざんどきどきさせて、恋に恋する心をごっそりすくっていってしまった。
(恋・・・・・・?)
 机に頬杖をついて、千尋は外を眺めた。
 晴れた空は、すっきりと青い。青空はなぜか千尋の胸を苦しくさせる。流れる雲の白さに目を細めていると、なにかがぴかりと光ったような気がした。
 ひこうき雲よりまだ細い、絹糸のようなものが、空を飛んでいる。
(とぶ?)
 目を凝らしながら、千尋は前の席の子をつついた。
「ねえ、みて。へんなのが飛んでる」
「飛行機じゃないの」
「ちがう。くねくね飛んでる」
「そこ、静かに」
 教壇からたしなめる声がとんできて、千尋は口をつぐんだ。
 顔をまっすぐ前に向けていても、目だけは青い空にまうふしぎなものを追い続けた。
 白い糸くずは、雲にまぎれて見えなくなる。しかし、すぐに雲海から飛び出て息つぎをするかのように、どこか楽しそうに舞っているのだった。
「ビニールシート、かな」
 いや、ちがう。
「じゃあ、ビニールの何か・・・・・・」
 ちがう。びにいる ではない。
「じゃあ、へびのぬけがら」
 蛇・・・・・・ちがうよ。
「誰」
 千尋はどんどん近づいてくる「それ」から目を離せないまま、つぶやいた。白い糸はひもに。ひもは、おびのようにたなびいた。

 そなたのために飛んできた。
 おろかだね。そなたの目にとまりたいばかりに。

 その声は、耳に音として響くのではなかった。
 ただ、胸に鈴があるとしたら、それをやさしくふるわせるように、ふれてくる声だ。
(だれ)

 私だよ。

 教室の窓にすずしいそよ風が吹き込んだ。
 こもった熱気が吹き払われるような穏やかな風が引かないうちに、突然打って変わって激しい風が、窓をがたがたと揺らし、カーテンを嵐の中に立つ旗のようにはためかせた。
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