虹の埋宝

2011.08.04.Thu.10:38
 作中、闇の陣にて


 稚羽矢は大きく目をみはった。
「ほんとうか?」
 狭也のほうが驚いて、思わず彼と見合ってしまった。
 とりとめもない昔話をしていたところだったが、話すのはもっぱら狭也の役割だ。稚羽矢はといえば明星の首をなでるのに熱心なようで、相づちすらも打たないので、狭也はすっかり気ままに独り言を口にしている気分なのだった。
「虹の脚もとに宝が埋まっているのか」
「聞いていたの?」
 稚羽矢がまだ驚いた顔をしているのがおかしくて、狭也は笑った。すると、輝の末子もにこっと笑んだ。
(鏡のようだわ)
 整った秀麗な面立ちは、笑むといっそう華やかさが増す。狭也が浮かべる表情を、稚羽矢は追いかける。
「聞いていた。だからたずねた」
 宮から逃れて、科戸王の率いる軍が合流して数日がたった。輝の御子である稚羽矢の立場は闇の陣においてじつに微妙であり、侮る者はないにしても、なじもうとする者もないのだった。
 稚羽矢の様子を見に来た狭也は、柵に体をあずけて空を見上げた。にわか雨が降りやんだあと、大きな虹がかかりひろびろとした天蓋のようにみえたのだった。
「子どもの頃、虹の下には宝が埋まっていると聞いたわ。それで、みんなで探しに行ったのよ」
 稚羽矢は狭也にまなざしをあてたまま、首を傾げた。
「だれが、何を埋めたのだ」
「虹の埋宝を見つけた者は誰もいないのよ。虹のしるべはすぐに消えてしまうんですもの」
「そうか、消えてしまうのか」
 少し残念そうな声の調子に、狭也は吹き出した。
「あなたでも何かを惜しいと思うことがあるのね」
「消える前に探しにゆこう」
 明星が待ちかねたように前足で地をかいた。背に飛び乗った稚羽矢は虹を見やり、思い出したように狭也に手を差し出した。
「あたしはいいわ」
 どことなくふさいだ気持ちで、狭也は言った。虹の埋宝など、夢物語だ。あるはずもない。しかし稚羽矢は素直に信じて探しに行こうと誘うのだった。
(のんきなものだわ)
 王たちとの話し合いは身を細らせるような気の重いもので、おのれの無力さばかりが思われて苦しくなる。
(相談というものができればいいのに)
 稚羽矢が少しでも事の重大さを理解して、狭也の見るものを共に見てくれたらいいのに。そうしたら、もっと。
(もっと?)
 見下ろしてくる稚羽矢の瞳は、いきいきとしている。そのまなざしに、真実狭也が映るときがきたとしたら。 
「狭也」
 稚羽矢は呼んだ。それだけのことなのに、自分の名がひどく麗しいもののように思われて、狭也はすこしだけひるんだ。ささやくように、いとおしむように紡がれた名は、まるでこの一瞬だけ切り取れば恋人への呼びかけであるかのように優しい響きをもっていた。
「さあ、行こう。虹の橋をくぐれるかもしれない」
 とまどい、ためらいながらおずおずとのばした狭也の手を、稚羽矢はしっかりと握りしめた。
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