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きみのこえ5

Category千と千尋の神隠し
 杉の林はうっそうとしているが、つるされた提灯がぼんやりとともっているせいで、それほどこわくもない。くつわぜみの鳴くのが、そこかしこから響いてくる。途中でくもの巣に何度も引っかかってしまった。
「わ、ごめん」
 蜘蛛が苦労してかけた網を破ってしまうのは、なんだか申し訳ない。友達に笑われるから、いつもは黙っているのだけれど、一人の心細さのせいで思わず声に出してしまった。
 吹き出すような笑い声に、千尋ははっとした。
「先輩?」
 神社の前の獣像のかげから、小学生くらいのひょろっとした男の子が姿を見せた。白っぽい祭りの衣装を着込んでいる。肩あたりで切りそろえた髪が風にふかれて、細い首があらわになった。大人びた静かな目をそっと細めて、その子はつぶやくように言った。
「だれに謝っていたの?」
 六年生くらいだろうか。なんとなく気圧されるような気がして、千尋ははぐらかさずに正直に答えた。 
「蜘蛛に」
「そうか。でも、なぜ?」
「蜘蛛がせっかくかけたんだもの。身を削って、糸を紡ぐのよ。また一からやりなおしなんて、気の毒でしょ」
「・・・・・・そうだね」
 静かな声の中に、あざけるような響きがあるのに気づいて、千尋は手にした巾着を胸の前でぎゅうと握りしめた。
「そなたが網を破ったせいで、蜘蛛は獲物を取りはぐれるかもしれない。そうしたら、飢えたあのものたちは死ぬだろう。それで、ごめんと言ってそなたはすますのか。言葉だけなら、ないほうがましだ」
 そういう声は冷たいのに、なぜかすねた子が唇をとがらせているようにしか思えなくて、千尋は肩の力を抜いた。その子の前にしゃがみ込んで目線をあわせると、男の子はすこしひるんだように顔をひいたが、逃げだしはしなかった。
「言葉だけ・・・・・・そうかもしれないね。でも、すまないと思う気持ちは本当なんだけどな」
「気持ちなど、すぐ変わる。すぐに忘れてしまうんだ」
 誰もいない場所にひとりぽっちで、すねてひがんだ目をしたこの男の子が、どうにも放っておけない。
 千尋はあたりを見回した。小さな神社の境内には、ほかに誰が訪れる様子もない。
「ねえ、待ち合わせをしているんだけど、神社はほかにもある?」
 男の子は目をぱちっとしばたいた。着物の肩あたりを見下ろして、わらじをはいた足の裏をじっとみつめたりしている。
「奥にある。そなた、ところで、どうしてわたしが見えるの?」
「何が? 目はいいほうだけど。夜目もきくわ」
「なぜ、声が聞こえる?」
「耳はいいほうよ。地獄耳だってよくいわれる」
「地獄・・・・・・耳。すさまじいな」
 すさまじい、もう一度つぶやいた男の子は、千尋の足下にふと目をとめた。
「血が出ているよ。手当したほうがいい」
「いいの、大丈夫」
 足を隠そうとすると、男の子はなだめるように、しかし有無をいわさぬ声で言った。
「足を引きずりながら歩いてきたね。そのままじゃ、祭りなど見て回れないよ。本道は山車の通る道だ。たいそう込み合うから、そなたの待ち人が奥にたどりつくまで、まだだいぶ時がかかるだろう」
 差し出された手を、千尋はひかれるように握りしめた。
 指先は冷たいのに、それでいて手のひらには熱がこもっている。
 急に胸が速く鳴り出した。息ができなくなるほどだ。
「ねえ、あなたの名前は?」
 男の子がためらいがちに答えるのを聞いたとき。
 目に痛いくらいの真っ青な空と、草が風になびく広々とした草原が思い浮かんで、千尋は目をみはったのだった。
 
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