稚羽矢は驚くほどあっさりとあきらめた。
「狭也がそう言うのなら」
 何ひとつきちんと考えているとは思えない。科戸王は稚羽矢をにらみつけた。
「ばかもの。ここは何が何でも引いてはならんところだぞ」
「では、どうすればいい?」
 聞かれても困るようなことを、悪びれもせずにたずねてくる。伊吹王がここにいたら、きっと涙を流しながら大笑いをしたことだろう。しかしあいにく笑い飛ばせるほど簡単な問題でもない。
 ことは政にかかわるのだ。
 もし稚羽矢と狭也が結ばれなければ、国づくりはかつての輝の人々の手に握られることだろう。すでに稚羽矢のもとに幾人かの妃がねが送り込まれていた。このままでは、輝と闇がひとつになり、新しい国を作ることなど夢のまた夢となってしまう。
 科戸王はとぼけた稚羽矢の顔をみつめた。
「狭也を手放す気か?」
 簡単にあきらめられるくらいなら、なぜ危険をおかしてまで女神の国へ行ったのだ。執着でもなんでもいい。人らしいそんな感情が芽生えたからこそ、稚羽矢は狭也を追っていったのではないのか。
 稚羽矢はしばらく黙り込んでいた。なんとか破壊をまぬがれた宮の一隅はほかに人の気配もない。空はすっきりと晴れているというのに、沈黙は重たい泥のように積もり、息苦しさに胸がつまるようだった。
「狭也の心はどこかへ行ってしまった。わたしは、飛ぶ鳥が去ってしまうのを、ただ見ていることしかできなかった。追おうとしても、わたしに羽はないのだ」
 科戸王はいらいらして言い返した。
「惜しいと思うなら、取り戻せばよかろう。羽などなくとも、餌をまいて、おびき寄せてみろ。鳥もちでも網でも、なんでも用意してやる」
 稚羽矢はふしぎそうに見つめてきた。
「王は、狭也が好きなのではないのか」
 動揺を押し隠して、科戸王は吐き捨てた。
「それとこれとは、話が別だ」
「そうかな」
 稚羽矢はため息をはいた。
「いや、同じだ。狭也は、そなたの肩にとまりたいと言った。わたしは狭也がそう望むのなら、思うようにしたらいいと言った」
 驚くことに、稚羽矢はほほえんだ。
「狭也は大切な人だ。わたしに豊葦原の美しさを教えてくれた。滅びがあるからこそ、生きるということが輝かしく美しく見えるのだと、気づかせてくれた」
 科戸王の凝視からのがれるように空を見上げると、稚羽矢はまぶしげに目を細めた。
「闇の道を通ってあの人を迎えに行ったとき、狭也はわたしを見て驚いたのだ。困った顔をしていた。・・・・・・死出の道を行くときに、人々はもっとも大切なものを、もう一度だけみたいと望むのだそうだ。あの人が心から望んだものは、なぐさめに見せて欲しかった幻は、なんだと思う」
 聞き返すことすらできず、王は背を向けたのだった。
関連記事
 

 

 

Comment

 

Secret?


 

 

 

 

*Template By-MoMo.ka* Copyright © 2017 しろたえ日記, all rights reserved.

りえ

Author:りえ
基礎絵本セラピスト®
妖怪博士(中級)
漢方養生指導士(初級)

養生とは、生命を養うこと。
健康を保ち、その増進につとめること。

絵本セラピーで心をほぐし、ときに妖怪でほんわかし。
漢方の考え方で身体をやしなっていきます。

無理しない、頑張らない「養生」日記です。

古代日本好き。


シンイの二次小説をお探しの方は、下のリンクからどうぞ!
シンイ



『オロチの娘~妻問いの夜』
いるかネットブックス
※電子書店パピレスより発売中です。
1-203328-c200.jpg



乙女のぐっとくるお話を追求する官能部
http://p.booklog.jp/book/57289部誌その1
http://p.booklog.jp/book/80593部誌その2


kaminomaeをフォローしましょう

絵本関係 (4)
二次創作まとめ (27)
空色勾玉 二次 (99)
拍手お礼 (246)
日記 (35)
妖怪検定 (4)
一次創作まとめ (16)
白鳥異伝 二次 (31)
薄紅天女 二次 (30)
現代勾玉 (14)
勾玉の本 (20)
千と千尋の神隠し (26)
勾玉まつり (28)
未分類 (13)

このブログをリンクに追加する

この人とブロともになる

QR