そんなこんなの嫁とり話3

2012.07.04.Wed.04:50
 稚羽矢は驚くほどあっさりとあきらめた。
「狭也がそう言うのなら」
 何ひとつきちんと考えているとは思えない。科戸王は稚羽矢をにらみつけた。
「ばかもの。ここは何が何でも引いてはならんところだぞ」
「では、どうすればいい?」
 聞かれても困るようなことを、悪びれもせずにたずねてくる。伊吹王がここにいたら、きっと涙を流しながら大笑いをしたことだろう。しかしあいにく笑い飛ばせるほど簡単な問題でもない。
 ことは政にかかわるのだ。
 もし稚羽矢と狭也が結ばれなければ、国づくりはかつての輝の人々の手に握られることだろう。すでに稚羽矢のもとに幾人かの妃がねが送り込まれていた。このままでは、輝と闇がひとつになり、新しい国を作ることなど夢のまた夢となってしまう。
 科戸王はとぼけた稚羽矢の顔をみつめた。
「狭也を手放す気か?」
 簡単にあきらめられるくらいなら、なぜ危険をおかしてまで女神の国へ行ったのだ。執着でもなんでもいい。人らしいそんな感情が芽生えたからこそ、稚羽矢は狭也を追っていったのではないのか。
 稚羽矢はしばらく黙り込んでいた。なんとか破壊をまぬがれた宮の一隅はほかに人の気配もない。空はすっきりと晴れているというのに、沈黙は重たい泥のように積もり、息苦しさに胸がつまるようだった。
「狭也の心はどこかへ行ってしまった。わたしは、飛ぶ鳥が去ってしまうのを、ただ見ていることしかできなかった。追おうとしても、わたしに羽はないのだ」
 科戸王はいらいらして言い返した。
「惜しいと思うなら、取り戻せばよかろう。羽などなくとも、餌をまいて、おびき寄せてみろ。鳥もちでも網でも、なんでも用意してやる」
 稚羽矢はふしぎそうに見つめてきた。
「王は、狭也が好きなのではないのか」
 動揺を押し隠して、科戸王は吐き捨てた。
「それとこれとは、話が別だ」
「そうかな」
 稚羽矢はため息をはいた。
「いや、同じだ。狭也は、そなたの肩にとまりたいと言った。わたしは狭也がそう望むのなら、思うようにしたらいいと言った」
 驚くことに、稚羽矢はほほえんだ。
「狭也は大切な人だ。わたしに豊葦原の美しさを教えてくれた。滅びがあるからこそ、生きるということが輝かしく美しく見えるのだと、気づかせてくれた」
 科戸王の凝視からのがれるように空を見上げると、稚羽矢はまぶしげに目を細めた。
「闇の道を通ってあの人を迎えに行ったとき、狭也はわたしを見て驚いたのだ。困った顔をしていた。・・・・・・死出の道を行くときに、人々はもっとも大切なものを、もう一度だけみたいと望むのだそうだ。あの人が心から望んだものは、なぐさめに見せて欲しかった幻は、なんだと思う」
 聞き返すことすらできず、王は背を向けたのだった。
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