そんなこんなの嫁とり話2

2012.07.02.Mon.05:34
「さあ、本心を言え。何をたくらんでいるのだ」
 科戸王は、いくぶん声をやわらげてたずねた。
「ここだけの話ということなら、明かせるだろう」
 鳥彦が眷属たちから報告をうけに行ったあと、狭也はいっぺんに表情をくもらせ、泣きそうに顔をゆがめたのだ。
「あなたに娶っていただけなければ、あたしはずっと独り身ですごします。そのつもりです」
 まなじりから涙がこぼれた。狭也から顔をそむけた王は、ため息を漏らした。
「そなたは不用心だ。涙を見せる相手を間違うな」
「なぜです?」
 問うような表情を見ると、こそばゆくなる。
「・・・・・・わたしはそなたの役には立てん」
「では、どなたにおすがりすればいいのです。あなたは独り身でいらっしゃるし、助けると思ってあたしをもらってくれてもいいではないですか」
 腹立たしくて、科戸王は渋面をつくった。
「いいかげんにしろ」
 やはりなにかある。
 開都王には疑わしい目で見られるし、鳥彦はよそよそしい。まるで科戸王が口では言えないようなふとどきな振る舞いでもしたかのように。
「品物を受け取るのとはわけが違う」
「王はお心をくださったのではないのですか」
 振り返ると、真剣な顔をした狭也がまっすぐにこちらをみつめていた。息が詰まりそうになる。
「首飾りのことを、忘れたことはありません」
「・・・・・・」
 これはどんな責め苦なのだ。この人の手を取りたい。そう切望してきたのだ。
「似合うかどうか、見てくださいますか」
 狭也はそっとほほえんだ。髪を払うと、首もとに翡翠の首飾りが見えた。
「狭也」
 つまらぬ理屈など言い立てず、すぐにでも腕の中に抱きしめていまいたくなる。差し出された手を、一度握りしめたら二度とはなせなくなることはわかりきっていた。
「また脅されでもしたか。それでも、まずは我々に相談すべきだったぞ」
 狭也はよそを向いた。
「関係ありません。あんな人たちなんて、こわくないわ」
 科戸王は舌打ちとともに狭也に近づき、顔をのぞき込んだ。
 このかわいい人は、自分の気持ちを持て余しているだけなのだ。これから引き受けることになる責任をおそれて、何もかも投げ出して逃げたいと思い詰めているだけなのだ。
「離れたいと望むまえに、なぜよく語り合わなかった」
 稚羽矢と狭也は仲むつまじく過ごしていたはずだ。 
「あたしの役目は終わったのです。それが今こそわかったから、こう申し上げているのです」
 いやにきっぱりと言う。科戸王は困り果てて、息を吐いた。
「負う荷が重いか? われらも氏族の王として、そばにいる。力になろう」
 ふと、おそろしく的外れなことを言っているような気がして、科戸王は口をつぐんだ。正直に話せというのなら、こちらもそうするべきかもしれない。
「正直を言うと、わたしは、そなたに荷など負わせたくない」
 科戸王は咳払いをした。
「輝も闇もなく、立場も重責もなく、静かに暮らせるところにそなたを連れ去りたいと・・・・・・そう思ったことは一度や二度ではない。だからこそ、わたしはそなたの頼みを聞くにあたいする者ではないというのだ」
「どうしても?」
 うなずいた人の頬を、涙がつたって落ちた。王は考えるまもなく、手を伸ばして親指のはらで涙をぬぐった。やわらかいまなじりと、まばたきしたときにまつげが指先をかすめた感触が、胸を痛ませた。
 しなければよかったと、後悔しても遅いのだった。すがるように見上げてくる人の潤んだまなざしに、とらえられたら最後、逃げられない。
 あわれな男だと、己を笑うことももう難しかった。
「あたしの鎮めの勾玉は、あの人に渡してしまいました。あたしはただの娘です。あたしがいなくとも、稚羽矢は大丈夫だわ。そばに仕える人もいます」
 今、狭也は手の届くところにいる。おそれもせず、科戸王の前に身を差し出しているのだった。
「そなたを甘やかすことはできるだろう」
 口づけをしようと思えば、そうできるほどの近くに慕わしい人がいる。
 かたく閉ざされた門がふいに開け放たれたようで、科戸王は途方にくれた。だが、足を踏み入れていいとも思えない。
「そのあとはどうする?」
 稚羽矢があきらめるとは思えなかった。女神の国から狭也を取り戻してきたのは、恋しいからだ。輝の御子としての不死を捨てたのは、人のことわりのなかに身を浸すため。狭也とともに生きるためだ。
「水の乙女、剣の巫女のさだめから、離れて生きてみたいのです。できることならば。選ばされるのでなく、何かを、誰かを選んでみたいと思ってきました。あたしは今まで、流されて・・・・・・ただ流されてきました。輝に焦がれ、身を光に焼かれてもかまわないと思い詰めたこともあります。けれど、それが本当の望みなのか、はかりかねていました」
 驚いてみつめると、狭也は目を逸らさずにはっきりと言った。
「輝にひかれる気持ちの奥に、隠されたものをみつけたのです。はじめは、おそろしいだけでした。近づきがたく、憎らしいと思ったのです。稚羽矢を失った時を、覚えておいでですか」
 照日王が闇の人々をたきつけ、稚羽矢を血祭りにあげようとしたときのことだ。七日の猶予を得て、狭也は稚羽矢を探しに行ったのだった。
「そなたは、わたしをぶったな」
 かわいた声で科戸王はささやいた。
 無様な告白と奪うような口づけをした日のことは、忘れられるはずがない。
「あなたは、あたしを役目から解いてやろうとおっしゃいました。そんなことを、考えたこともなかった。動き出した舟を、引き戻せるわけがないと信じていたのです」
 狭也は声を上げた。
「あなたが気づかせてくださったのです。すべての役目を取り払ったあと、あたしは何をするだろうかと。だれとともにありたいのか。あたしは、あたしは。王を、お慕いしています」
 
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