そんなこんなの嫁とり話1

2012.07.01.Sun.04:59
「科戸王がとうとう嫁取り?」
 欄干におりた鳥彦は、ばさばさ羽ばたきをした。
「おれは認めない。ぜったいまちがってる。これは、きっと夢なんだと思うな。明日にはさめちまうよ。だって、つじつまが合わないもんな」
「どう合わないの?」
 笑いをこらえるような声がして、狭也が顔をのぞかせた。浅葱色の衣が夏の暑さをいくぶんやわらげてくれるような心地がする。狭也は鳥彦にそっと腕をさしだした。胸が弾む。人であったときも、鳥になった今でも、狭也はかわらず鳥彦をわくわくさせてくれる。
「あたしはぴったりだと思うわ。あの方は情け深いし、きっと妻を大切になさると思うの」
「狭也はのんき者だよ」
 鳥彦はわめいた。
「まるで、ひとごとだものな。おれだって、素直に祝うのもやぶさかじゃない。男がいつまでも伴侶を持たないでいると、辛気くさくてかなわないもの」
「口は災いの元よ」
 狭也はほほえんだ。この人の笑顔を見るといくらか気持ちがやわらぐようで、鳥彦は口をつぐんだ。山積みのはずの問題も、ちっぽけなものに思えてくるからふしぎだ。
 狭也は、鳥彦の少し湿った羽をなでた。
「朝露をつけてきたの? どこかで、香る花のそばを通った?」
「真っ黒い奴に花など不似合いだな」
 皮肉っぽい声がきこえたが、鳥彦は知らぬふりをして狭也の肩にいた。
 科戸王の顔など見たくなかった。とくに今は。狭也だけがいればいいのに。
 ふと、これは嫉妬なのだろうかと鳥彦は考えた。しかし、やいてもどうにもならないことはある。恋敵の目玉をつつきだすことはできたとしても、どんなに気持ちを注ごうとも、どうしても狭也のそばに伴侶としては添えないのだ。わかっていたはずなのに、それがはがゆかった。
「そんななりで何をしている? 稚羽矢が探していたぞ」
「知りません」
 狭也はつんとして言った。
「あたしは、もう降りたのです。妃選びなどごめんだわ」
 科戸王はため息をもらした。
「・・・・・・どうも、よくわからん。なぜ、宮をかき回すのだ? そなたは稚羽矢の妃になるのだ。これは言うなれば動かしがたい宿命なのだぞ」
 こともあろうに、狭也は胸をそらして、こう言った。
「かき回しているつもりなどありません。あたしは、お慕いする方に添いたいだけです」
 ひどく憮然とした顔つきで、王は狭也をにらみつけた。
「気が触れたか。わたしはそなたの・・・・・・」
 狭也はやさしく鳥彦を欄干へおろした。王のそばへ行くと、困り切った男を見上げたのだった。科戸王のこんな顔をはじめてみた気がする。手に余る問題をふいに振られて、まごついているのだ。闇の将軍ともあろうものが。しかしちっともおかしい気持ちにはなれなくて、鳥彦は落ち着かない気分を味わった。
「今なら間に合う。やめておけ。わたしはそなたが恋うものになどなりえん。ありえんことだ」
「あたしが気に入らないのですか」
 どこかに逃げていきたい気分だったが、鳥彦はあいにく狭也の目付役を任されているのだった。稚羽矢の妃にはならず、闇の王の妻になると彼女が言ったのは昨夜のことで、まだ悪い夢を見ているようだった。
 輝の人々はそれはそれは大喜びだった。邪魔者がいなくなってせいせいしたといった風だ。まずいことに、狭也は大勢が集まった席でこのことを稚羽矢にもの申したのだった。
「そういうことではない。そなたと稚羽矢はこれから国を背負うべき役目があるのだぞ」
「だからですわ」
 まっすぐに見つめる狭也の視線を受け止めきれないのは、どうやら王のほうだった。
「あたしには妃などつとまりません。もっとふさわしい人がいます。稚羽矢は、完ぺきなのです。あたしがいなくても、きっとうまくやっていきます」
「稚羽矢が完ぺきだと? 穴だらけではないか。やつのそばにそなたがいなければ、国という器はつくれん」
 苦い木の実でも噛みしめているかのように、科戸王はうめいた。
「そなたは間違っている。二度とこのような事は言うな。付け入られるぞ。すきあらば、そなたを陥れようとする不届き者もいるということだ」
「もう遅いかもね」
 こっそりと鳥彦はため息を吐いた。
 狭也の考えがさっぱりわからない。不機嫌な王と、にこにこする狭也という組み合わせがじつに奇妙で、おかしくて、とんでもなく腹が立つのだった。
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