日高見の夫婦2

2012.06.24.Sun.04:02
 話すことがたくさんあるというのは、うそではない。
 菅流とともに川向こうの里をたずねた遠子は、こっそり息を吐いた。
 小さなころの思い出だけが、二人を結びつけるもののような気がして、問わず語りを続けてしまったのだった。
 再会した小倶那は子どものころの面影をいくらか残すばかりで、すっかり立派な若者になっていたし、武彦たちに対しての堂々とした振る舞いをみても、誇らしく思う反面、ひどく落ち着かない気もするのだった。
 ようするに、気後れを感じてしまうのだ。
(小倶那は、じゅうぶん強い。わたしの助けなんていらないわ)
 いじめられてばかりだった小倶那とはまるで違う。彼はもう遠子に守られずとも、しっかりともの申せる立場と尊敬を勝ち得ているのだから。
(そうなった今、あの人にわたしがしてあげられることなど、あるのかしら)
 遠子は飯炊きとて上手とはいえない。縫い物も苦手だ。妻として、夫の役に立てそうなことは何一つうまくできないのだった。
 母から教わる時間がなかったと言い訳することもどうやらできそうにない。というのも、本家の姫だった象子が修行のかたわら、女の仕事もしっかりとこなせるくらいの技量を身につけているためだった。一族の使命を果たそうと必死だったときは、ちっとも気にならなかったことだ。
(苦手だとも言っていられない)
 焦りに戸惑いながら、遠子は何度目かしれないため息を吐いた。

「自分にないものをうらやむなよ、仕方ないだろう」
 勘のいい菅流が、なだめるように言った。
 里長の館は質素だが清潔に整えられていた。すり切れなどない鹿皮は尻の下に敷くのももったいないような立派な品で、遠子は落ち着かない気持ちで足を動かした。
「わたしは、はっきり言ってよい妻にはなれないと思うの」
 謙遜でもなく、正直に遠子は言った。
「なんだ、おまえらしくない」
 菅流が声を忍ばせて笑った。
「かまうものか。おまえがいい妻だろうとわるい妻だろうと、それでいいと言っているんだから。命をかけてもいいと思えたから、おまえは今ここにいるんだ。そうだろう」
「いいの?」
 遠子が詰め寄ると、菅流はびっくりしたように身を引いた。
「いいよ、そうしろ。そばにいて、ぜったいに離れるなよ」
 できの悪い子をなぐさめるように、菅流が遠子の頭に手をおいたとき、一人の娘がやってきた。
「あの、長どのはどこにいらっしゃるのですか」
 遠子がたずねると、娘はほほえんだ。
「まもなく戻ります。しばしお待ちを」
 大げさな笑顔をふりむけた菅流は、冗談めかして言った。
「きみが里長どのの末の娘さんか。小倶那のような堅苦しい奴の相手は、息が詰まらないか」
 娘はびっくりしたように目を大きくした。
「あのお方は、おやさしい、おもしろい方です」
「おもしろい?」
 うなずく娘を見ていると、どうにも胸がちくちく痛むような気がして、遠子は戸惑った。
「遠い彼方にある土地のことをお聞きするのも、ふしぎとしか言いようのない勾玉のお話も、すべて面白いですわ。おそばにいると、楽しいのです。うれしい気持ちになります」
 頬を張られたって、こんなに打ちのめされた気持ちにはならないだろう。小倶那がいろいろ話して聞かせている、問われれば、話もするだろう。だが、橘の一族につたわる宝の話まですることはないのに。なんとなく許せなくて、腹が立つのだった。

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