宴のあとに

2012.06.14.Thu.04:06
麗し女をありときこさば その後



 天の宮の方々にささげる宴のあと。
 稚羽矢は二人きりになると、赤くそまった唇をほころばせ、じつにうれしそうにほほえんだ。
「うまくいったね」
 狭也は苦笑いをした。
「そう思う?」
 たしかに照日王は「妻くらい好きなのを選べ」と言ったが、その一言で稚羽矢の妃選びに関するすべての問題がなくなるかと問われれば、そうとも限らないような気がしたのだ。
「狭也は、心配しすぎる」
 稚羽矢はすいと目をそらすと、円座に座った。
「ずっとそんな顔をしているつもりか?」
 狭也の腕を引き寄せると、稚羽矢はやさしくだきしめた。
「あなたの笑った顔がみたいな。楽しい気持ちになるから。さっき皆と共にいたとき、狭也はずいぶん楽しそうにしていたっけね」
「あれは・・・・・・ふだん見慣れない、とても珍しい眺めがおかしかったんですもの」
 男たちが角髪をといて解き流し、化粧をして舞うなどそうお目にかかれる光景ではない。二度とないにちがいない。
 ひげまで剃った科戸王は狭也が話しかけることすらためらわれるくらいの雰囲気で、うっかり「お似合いですね」とでも言おうものなら、締め上げられそうだった。というのも、正直で罪のない鳥彦が王を女官とまちがえたところ、本当に本気でくちばしをもぎ取ろうとしているところを見てしまったのだった。
 鳥目だから仕方ないと、割って入った狭也を、あの人はすっかり弱った顔で眺めていた。恥じ入るようなあの人の横顔がどうもふだんの近づきがたい彼とは違って見えた。
「狭也、なにがそんなに楽しい?」
 低くおさえた声に、すこしの苛立ちが混じっているようだ。
「なんでも・・・・・・」
 顔を傾けた稚羽矢は、そっと下唇にかるく口づけをした。
「なんでもないなら、どうして笑う」
「あなたが笑えと言ったのよ」
「そうだったか?」
 ふくれた狭也は、なだめるように稚羽矢の背中をなでた。女物がこれほど似合うというのに、稚羽矢はちっとも女性にはみえないのだった。うつくしいが、ほほえむまなざしはいくらか寂しげで、どうも気になる。
 出会ったころよりずいぶんたくましさも増した胸に手をあてると、狭也は思い切って、稚羽矢に口づけをした。すぐに顔をひこうとしたが、できなかった。背中に回された腕はしっかりと狭也を閉じこめ、忍び込んできた熱い舌は、すぐに遠慮もなく好きに振る舞った。
 まだ足りないとでも言いたげに狭也の唇をなめた稚羽矢は、にっこりと笑った。美しく結った髪が乱れて、頬にかかっている。紅がはがれて口のはしににじんでいるのを見ると、もういけなかった。
 この人のこんな顔をみたら、望まずにはいられなくなる。きつく抱きしめられて、高鳴る胸をひとつにあわせたいと、その想いだけがとめられなくなる。
 余裕などない。稚羽矢が好きだ。
 ほかの人が妃になったらと思うと、嫉妬でどうにかなりそうだ。
 いつのまに、こんなにひかれていたのだろう。いつのまに、この人のほほえみに胸を揺さぶられるようになったのだろう。
 泣きたい気分だった。むりにほほえむと、ため息が聞こえた。
「やっと、わたしを見たな、狭也」
 稚羽矢は、聞き取りにくいかすれた声で言った。
「あなたがそうして笑うと、わたしはふつうではいられなくなる」
 静かな室のなかに、衣擦れの音ばかりが響く。
「どうしてだろう」
 そう耳元でささやかれ、思わずしがみついた狭也を見やると、稚羽矢はかすかに眉を寄せた。
「あなたに笑ってほしいのに、泣いた顔もみたいと思うのは」
 答えようもなく、狭也はただ目を閉じて、細身の背中を抱きしめたのだった。
 
 
  
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