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新枕5

Category空色勾玉 二次
 目が覚めると、ちいさな室に寝かされていた。小窓から日が射して、細かなちりが光の中に舞っているのを、稚羽矢は目を細めてながめた。
(ここは、どこだ)
 外から聞こえてくる物音はひどくにぎやかで、中には子どもの泣き声も混じっている。
 太いはりを渡した高く暗い天井は宮のものとはちがう。小窓から流れ込んでくる風は芽吹いたばかりの草木の息吹を運んできたため緑が濃く、かぐわしい梅の香りすらも混じっているようだった。
(狭也)
 御統の力をうまくひきだせたのか、定かではなかった。最後の戦いではざまを駆けたとき、力は稚羽矢の意のままだった。しかし闇の御統を扱うことは、それとはまるで勝手が違った。手に負えない荒馬のたてがみをつかむようなおぼつかない、できれば二度目は遠慮したいたぐいの不安をかきたてるものだ。
(たしかに握りしめていたはずなのに)
 体を起こすのと、開けはなされた戸から大きな体をひょいと屈めるようにして男が入ってきたのはほぼ同時だった。
「起きたか」
 そっけない一言とともに、顔めがけて何かを投げつけられた。
「裸じゃあ、さむかろう」
 上掛けのうすい布団のした、稚羽矢は何も身につけずにいたようだった。茶色の衣は暖かそうで、稚羽矢はありがたく袖を通すと立ち上がった。
 男は稚羽矢より頭一つぶんは抜きんでて高く、首を傾げて見下ろしてくる視線はどこか疑わしげだった。
「狭也は、どこだ」
「心配か」
 かすかに笑いながらたずねられて、稚羽矢は唇を結んだ。
「妻を案じるのはおかしいか」
 男はつまらなそうに鼻を鳴らした。
「新枕もまだだろう。あの子の様子を見ていれば、わかる。妻だなんだと言えるのは、それをすませてからのことだ」
「新枕とは、なんだ?」
 男は目を見開いて、しばし黙った。驚いて声も出ない風だ。
 そうしているうちに、軽やかな足音が聞こえて、膝がでる藍色の野良着を身につけた狭也が顔を出した。長い豊かな髪は後ろで一つにたばねている。
「起きたのね。あら、似合うじゃない」
 袖なしの衣を着込んだ稚羽矢を見て、狭也はほほえんだ。
「ありがとう、助かったわ」
「お安い御用だ。近所のよしみというものさ」
「ここは狭也の故郷か? この人は誰だ」
「真人よ。あたしの幼なじみなの。あなたをここまでおぶって運んでくれたのよ」
「えらく軽かったぞ」
 そう言いながら真人が狭也を見る目は、ひどくまばゆげだった。稚羽矢は快くは見ていられず、そんな自分に戸惑いながら、小さな声でうなるように言った。
「ありがとう」
 真人はちらりと稚羽矢を見た。
「狭也坊の頼みだからな。あんたに礼を言われる筋合いはない」

 大きな体の真人がいなくなると、室が広くなったように感じた。
「ここは、あたしたち親子の寝間だったのよ。まほろばに召されてゆくまで、ここに父と母、あたしとで枕を並べて寝ていたの」
 狭也は一時目を伏せて、昔を思い返しているようだった。
「ここにあなたがいるなんて、本当にふしぎだわ。おそろしい夢をみて、こわくて飛び起きたことなんてずいぶん遠く思えるもの」
「おそろしい夢?」
「美しい巫女の夢よ」
「それのどこがおそろしいの」
 狭也はささやくように言った。
「口では言えないわ。あの身の毛のよだつような感じは。でも、今ならわかるの。巫女は神殿にいたあなたで、おそれることは何もないということがね」
「わたしはまだ巫女に見えるか」
 稚羽矢はたずねた。
「少しは背も伸びたと思うが」
 巫女に見えるなどと言われたくはなかった。じっと見下ろすと、はっとしたように狭也は息をのんだ。
「あなたは、どこから見ても男の人よ」
「狭也」
 一歩近づくと、狭也は身を縮めた。もどかしい思いで手を取ってひきよせると、緊張したようにこわばった背中をゆっくりなでた。
「狭也は、わたしをおそろしいと思う?」
 小さく首を振った狭也を、稚羽矢はきつく抱きしめた。
「ならなぜ、わたしを見ない」
「・・・・・・ずぶ濡れになったあなたの衣を脱がせたのはあたしよ。いまさらおかしいと思うでしょうけど」
 狭也は消え入りそうな声で言った。
「落ち着かないのよ。あなたにそばに立たれると」
 稚羽矢は声もなく笑った。白い首筋からはほのかに汗の匂いがした。髪に鼻をもぐらせると、日なたにあたためられた肌から、梅の香りよりも好ましいぬくもったよい匂いが立ち上ってくるのだった。
「狭也は新枕を知っている?」
 間近でみつめると、狭也は目を細めた。
「真人が何か言ったのね」
「新枕を交わしていないのなら、あなたはまだ妻ではないと」
 狭也は驚いたように眉をあげた。
「真人はずいぶんやさしい目で狭也を見る。仲がよさそうだ」
 白い手が伸びてきて、稚羽矢の前髪をつんとひっぱった。
「吾が背の君」
 角髪も狭也が解いたのかもしれない。吹き込んでくる風が髪をゆらして、乱れた一筋が目の前にかかった。
「あなたほど仲がいい人がいると思って?」
 頬にかかった稚羽矢の髪を払い、狭也はそのまま首筋に手をもぐらせた。頭を引き寄せてお互いのひたいをくっつけると、狭也は息を吐いた。
「稚羽矢のおかげで、両親の元気な顔を見られたのよ。・・・・・・あなたと二人きりでまほろばからやってきたなんて、まだ信じていないの。ましてや、山も水辺も飛び越えて来ただなんて言ったら、目を回すかもしれないわ」
「御統のありようは、人知を越えている」
 闇の女神が御統をどんな思いで作り出したのか、知る由もない。
「あなたがた闇の氏族の宝は、ひとつでも希有なはたらきをする。その上、連ねると輝きも力も増すんだ」
「空色の輝きも連なったら、もっときれいでしょうね」
「返さないよ」
「返すと言ったら、怒るわ」
 狭也は笑顔をみせた。どこか挑むような、見ていて落ち着かなくなるような笑みだ。
「あのね、恋人と初めて共寝をすることを新枕というのよ」
 狭也はつぶやいた。
「恋しい人と新枕を交わすのは、娘なら誰でも夢見ることよ」
 照れたようなほほえみを見ると、稚羽矢は気がはやる心地がした。
「御統があれば、あなたをどこへでも連れていけるだろう。昼も夜も関係のないところへ」
「あたしたちのほかは、誰もいないところへ? そうできたらいいのにね」
 小さな声で笑いあうと、稚羽矢は口づけをしようと顔を傾けた。
「どうしましょう」
 もう少しで触れあうというところで、狭也は叫んだ。
「御統のことをすっかり忘れていたわ」
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