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新枕4

Category空色勾玉 二次
 開都王は皆がそろったのを見て、咳払いをした。
 狭也は稚羽矢のとなりに腰を下ろすと、つねならぬ張りつめた雰囲気を感じて、背筋を伸ばした。
「稚羽矢、狭也。そなたら二人に、闇の氏族の祝いを贈る」
 科戸王、鳥彦はそれぞれ神妙に座している。一つ目を細めて王はほほえんだ。いかつい手が黒塗りの台の上の布を取り払うと、まばゆいばかりの光が部屋に満ちた。
「これは?」
 そこにあったのは五つの勾玉をつらねた御統だった。暗はまさに夜空だ。漆黒の闇色に、星のような小さな光が幾百と瞬いている。顕はあたりを清め払うような色だ。嬰は新緑の頃の山野を思わせ、萌えいずる木の芽やおい育つ草の息吹が聞こえてきそうだった。明はほおずきの色。赤は神の持つ色だ。いつか見た土地神の目は、こんな色彩ではなかったろうか。むごたらしいまでの荒々しさと、うるわしさを合わせ持った神の目の色だ。
「輝の者たちも、ようやくそなたらを認めた。今こそ、渡すのがふさわしかろう」
「触れてみても?」
 狭也はいやおうなく引きつけられるものを感じながら、たずねた。肌をさす畏怖は止めようがないのに、どこか懐かしさを感じる。手に取ると、触れたところからやさしいぬくもりが流れ込んできた。
「狭也」
 驚いたように稚羽矢はつぶやいた。
「なぜ泣く?」
 言われてはじめて、頬をつたうものがあることに狭也は気づいた。
「この御統を手にしていると、女神様のみもとにいるように感じるの」
 稚羽矢は狭也の手を取った。握られた力の強さに彼をみつめると、稚羽矢はどこか不安げに眉を寄せていた。
 開都王は重々しい声で言った。
「いかにも。御統は闇の女神がつくりしもの。大蛇の剣と御統は、対になるものだ。剣がある限り、勾玉は地上にありつづける。剣が失われるまで」
「大蛇は輝と闇の支配を越えたところにある。姉上さえわたしに祀らせることしか手だてがないままだったのだ」
 噛みしめるようなつぶやきには、苦みがあった。剣には大変な力がある。それは厳しく慈悲のない天の火矛だ。手にした者は、すべてをしのぐ強者になりうるのだ。
(でも、それはあまりに不吉な力だわ)
 剣があるところ、戦が起こり、多くの血が流れる。新しい国をつくるため、これからは頼る必要のない力だと信じたかった。
「死をたまわったということは、思いがけない幸運だったのだろう」
 稚羽矢の言葉に、狭也は大蛇と彼が分かちがたい一つのものになったのだということを思い出した。
「わたしが女神の御もとにゆけば、大蛇は宿るものを探すかもしれない。ともに連れて行ければいいのだろうが」
 うらみつらみが霧散するたぐいのものなら、これほどまでに荒ぶる破壊の力は現さなかったかもしれない。
「そのときは、そのときさ」
  今まで押し黙っていた鳥彦が、のびをするように羽をひろげた。
「御統は剣に宿った大蛇を永遠に眠らせるって、岩姫が言っていた。御統にしろといったのは遺言だったのさ」
「殺すことはできないのだな」
 科戸王がうんざりしたように言った。
「眠らせるのでもいい。剣がうなる声を二度と聞きたくはないものだ」
「御し方はわかった。多少騒がしくしても、しばらくは穏やかに鎮まっているだろう」
 稚羽矢の言うしばらくがどれほどの長さなのかはわからないが、心配をしても手に余る問題であることは確かだった。
「いずれ、力は薄まっていくのでしょうか」
 狭也は御統を台に置き、息を吐いた。
「そんな日が来るとしても、われらの代では叶わぬことだろう」
「いつか、稚羽矢と狭也の子孫がどうにかしてくれるだろうさ」
 開都王の言葉をついだ鳥彦に、狭也は苦笑いをかえした。
「途方もない話だわ。気が遠くなりそう。めまいがするまえに、あたしは違うことを考えることにするわ」
「子孫のこと?」
 稚羽矢の問いに、開都王は吹き出した。彼が祝言の意味をたずねた時のことを思い出したに違いない。
「羽柴の両親のことよ」
 合点が行ったように稚羽矢は笑った。
「祝言には呼ぼう。狭也は言っていたっけね。いやほどたくさん孫の顔を」
 あわてて稚羽矢の口を手のひらでふさいだ狭也は、顔を赤くして声を上げた。
「あなたったら、平気な顔で言うものではないわ」
「親御に会いたかろう」
 開都王は楽しげに細めた一つ目で狭也をみつめた。
「ええ、すぐにでも。でも、ここから里へは、何日もかかります」
「なぜそれほどかかる」
 稚羽矢がじつに不思議そうに言った。
「馬に乗っても大変な時間がかかるのよ」
「馬で行くつもりか」
 まじまじと稚羽矢の顔を見つめると、彼の方が狭也を信じられないといった面もちで見つめていた。
「ほかに、どんな手だてがあるというの」
 稚羽矢は御統をさした。
「どこへでも行ける。わたしにはわかる」
「無茶を言うな」
 科戸王が苦々しい顔つきで言った。
「輝の子のようにはざまを駆け飛ぶような真似はできまい。闇の力は地に根づき、地に帰るものなのだから」
 開都王は腕を組み、鳥彦は興味深そうに二人を見つめていた。稚羽矢はゆるぎないまなざしで狭也をみやった。
「途方もないことだと思うか? でも、御統があればできる。狭也の行きたいところへ行こう」
「そんなことが叶うなら・・・・・・羽柴へ」
「思い浮かべて。一途に」
 思えと言われれば、ふしぎと鮮やかに里の様子を思い浮かべることができた。夕餉の支度をする家いえからたなびく煙と、遊びをやめた子どもたちが駆けていく足音。ねぐらへ帰る鳥の数羽が、暮れかけた空を飛んでいく様子。
 一瞬目を閉じて、再び開いたときには、部屋も王たちもぼやけたようににじんで見えなくなり、ただそばにいる稚羽矢の気配と、彼の手にある御統の輝きだけがしっかりと感じられるのだった。
「かあさん?」
 腰をまげて野菜を洗う、その見慣れた姿は思いでの中の人とも思えず、狭也は声を上げた。
 
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