十五になったとき、父はこう言った。
「あなたに御座をゆずろう。このときを待っていたよ」
 冗談ではないかと隣に座った母をみると、静かにほほえんでいた。大王と呼ばれる父と、その嫡后である母は、二人並ぶとたいていこちらが驚いて開いた口がふさがらなくなるようなことを言い出すのだ。
「なぜですか。父上はまだお若いのに」
 父はふと庭を眺める目を戻して、かすかに笑った。
「もう時を待つことはない。あなたは皆に慕われているし、たいそう賢い。この間のこと、見ていたよ。競語りをみごとにまとめたね。どちらの言い分もくんだうえで。わたしでは、ああはいかない」
「・・・・・・気づいたことを話しただけです」
「だれも気づかないことに目をとめられるのはよいことだ。せき止められ、淀んだ流れにいるとき、人はどうしてもその淀みにつかりきり、足をとられる。国も形がなればなるほど、どこか流れぬ場所がでてくる」
 父は朗らかなまなざしで、母をみつめた。
「水の乙女の息子であるあなたには、淀みをはらう力がある。わたしでは変えられぬことを、どうかあなたに成してほしい」
「力などありません」
 声がふるえた。
「わたしは、まだ未熟者です」
「最初からうまくできる人などいないわ」
 母がなだめるように言った。気安い物言いをすると、日頃かしこまっている姿とはちがい、まるで姉のようにも思える。気のおけない人々の前では、遠慮なく笑い、そして泣く。それが母のよいところで、父も母のそんなところにひかれてやまないのだと、まえにこっそり教えてくれたことがある。
 大王の嫡后は、こぼれるような笑顔をみせた。
「やってごらんなさい。あたしたちが支えられるうちに、たくさん間違っておくのも悪くはないわ」


 山桜の花の色は、遠くたなびくかすみににじんでいる。
 庭におりてこっそりとため息をついていると、聞き慣れた羽音とともにふと日がかげり、大カラスが舞い降りてきた。止まり木となる右手をかかげるなり、ずっしりとした重みが腕にかかった。
「やあ、王子。暗い顔をしてどうした?」
 なやみを打ち明けるのに、これほど適した相手はいないだろう。鳥彦はお世辞や気休めをいっさい言わない。
「大王になれと言われた」
 口にするだけでうんざりした。
「なれるような気が、少しもしないんだ」
 鳥彦はそれを聞くと、たちまち大笑いをした。告白したことを後悔しても、おそいのだった。鳥彦の笑い声を聞くと、なぜかふしぎと悩みがちっぽけなものに思われてくる。どんなことであれ、一緒にいればいつまでも難しい顔をしたままではいられなくなる。
「稚羽矢も昔、そんなことを言ってたっけ。泣きそうな顔で、できないって。じっさい、何度か逃げたもんだ」
「・・・・・・わたしも泣きたい」
「泣いてもいいよ。人は悲しけりゃ、涙を流せるからすばらしいよな」
 からかわれたような気がして、ちっともおもしろくない。
「父上だからこそ、皆は従う。わたしが何か言ったって、だれが聞く?」
「聞くさ。おまえの声は聞いていると心地いい。やさしいけど、強いいい声だ。聞かなけりゃ、笛でも吹いたらいい。師匠みたいにさ」
「父上や科戸王の姿が現れただけでいつも皆が静まりかえるね。それが威厳ってものなのかな」
「顔がこわいだけだよ、王の場合は」
 鳥彦が笑うと、おかしさがこみあげてきた。
「わたしもこわい顔をすれば、立派になれるだろうか」
 正直なカラスは、くちばしをならした。
「王子のこわい顔って、もしかしてそれ? 狭也にそっくりの面でそんな顔をしたって、ぜんぜんだめ。王をひるませるくらいなら、できるだろうけど」
「何の話だ?」
 驚いた鳥彦が耳元で鳴いたので、ともに飛び上がるような心地がした。
 振り返ると木刀を持った科戸王が、いぶかしげにみつめていた。
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りえ

Author:りえ
基礎絵本セラピスト®
妖怪博士(中級)
漢方養生指導士(初級)

養生とは、生命を養うこと。
健康を保ち、その増進につとめること。

絵本セラピーで心をほぐし、ときに妖怪でほんわかし。
漢方の考え方で身体をやしなっていきます。

無理しない、頑張らない「養生」日記です。

古代日本好き。


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