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幽ノ弐サンプル3 花衣(はなごろも)

Category勾玉の本
「はっきりとおっしゃってください」
 きつくにらみつけられて、科戸王はため息を吐いた。逃げ足のはやさだけは、鳥彦に見習わねばならないらしい。浅葱色の衣を着込んだ狭也は、やや息をはずませ、初夏の日ざしに目を細めながら重ねて言った。
「あの人を隠しているのはわかっているの。稚羽矢はどこです? あたしに合わせる顔がないとは、どういうことなのですか」
 さりげなく体をずらしてまっすぐな視線を避けると、王は首を振った。
「知らん。やつに聞け」
「あたしのところにちっともこないではないですか。探しても、逃げられてしまうの。聞けないから、こうしてたずねているのです」
 狭也は一歩詰め寄り、わずかに赤くなった目をしばたかせた。
「あのひとがよそを訪ねているというのは、本当ですか。その・・・・・・妻問いに通うところができたというのは」
 きっと、眠れなかったのだろう。宮に広まった噂は、狭也の耳にもとうに届いたはずだ。科戸王はしいて抑えた声でつぶやいた。
「確かだ」
 ほかになんといったら、この人を悲しませずにすんだのだろうか。答えがわかるのならば、だれに頭をさげて教えを請うてもかまわない気さえした。
「そうですか」
 怒り出しもせず、あっさりときびすを返す狭也を、思わず王は呼び止めた。ほかに人気がない廊下はへんに静かで、追いつめられるような心持ちがする。
「まて、これにはわけがある」
 にくい奴の浮気の申し開きをしている自分にも腹が立つ。
「どんなわけがあるというの? みんなでこそこそして。あたしにずっと隠していたのね。見損なったわ」
「政だと思え。騒ぐほどのものでもない」
「・・・・・・そうでしょうね。殿方の言いそうなことですこと」
 狭也は涙のこぼれそうな目をして、ささやいた。
「あたしがおろかでした。つまらないことで心を乱したりして。あのひとは大王ですものね」
 呼び止めようとして、王はやめた。追いすがったとして、何も言えないならむだだ。稚羽矢のかわりに弁解などしたくないし、かといってなぐさめる言葉など思いつかない。

「狭也がきた?」
 嵐のさったあとにのんきに空から降りてきた鳥彦を、王は一瞥した。
「この顔を見て察しろ」
「ふんふん、なるほど。狭也は怒っていただろうね」
「ところで」
 科戸王は低い声で言った。
「そちらはどうだ。何かつかめたのだろうな」
 鳥彦はくちばしをかちかち鳴らした。
「そう簡単に羽を落としたりはしないよ。悪い奴ってのは、頭も働くもんだときまってる。どうも、ただの思いつきではないようだね」
 暗い想像を振り払うように、科戸王は一時目を閉じた。
「葛木の姫はいかがお過ごしだ。いくらなんでも、厚かましすぎる頼みごとをしたな。稚羽矢は粗相などしていないだろうな」
「葛木のおっさんは大喜びだよ。これを機に、ほんとうに稚羽矢を迎え入れたいって。・・・・・・稚羽矢はひどいありさまだけど。怒れる大蛇だね。静かにしているところが、なおこわい」
 科戸王はうんざりして答えた。
「一日も早く不届きものを日中に引きずり出してやる」
「狭也を慰めるんじゃなかったの」
 どこまでもふまじめな言い様だ。
「わたしの慰めなど、あの人には不要なものだ」
「難儀だよね、不器用だということは」
 心底から同情されているようだ。なんとなくおかしくて、王は苦笑いをした。
「そなたこそ」
  
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