うまれる前のことを、あたしたちはみんな忘れてこの世にくるのですって。
 もちろん、岩姫さまのように覚えている人もいるわ。
 でも、そちらのほうが珍しいと思う。

 ぜんぶ忘れて、大好きな人も、大切な思い出も、やりのこしたことも。
 けれど、ときどき思いだすのよ。

 はじめて見た場所、はじめて聴いた声のはずなのに、理由もわからずに泣きたくなったり、楽しくなったりするとき。
 そんなときは、心の奥ふかくに刻まれたいつかの出来事が、体を揺さぶる。
 涙が出たり、胸が痛くなったり、気になって目が離せなかったりするの。



「ねえ、どうしてそんな顔をしているの?」
 狭也はきゅうに押し黙った稚羽矢にたずねた。
「なんでもない」
「なら、どうして怒っているの?」
 狭也がとりとめのない話をするのを、稚羽矢は微笑みながら聞いていたのだが、突然うつむいてしまったのだった。
「怒っているんじゃない。ただ、すこしだけ面白くないと思っただけだ」
 狭也は、そっと夫の手をとった。
「何度も生まれ変わるとしたら、前の世であなたは誰の手をとっていたのだ」
「……あたしはうぬぼれやではないけれど、今だけなら手放しで喜んでもいいかしらね」
 稚羽矢は目を細めた。
「うぬぼれる?」
「得意になるということよ。あなたが妬いてくれたようで、なんだかうれしいの」
 稚羽矢は狭也の手をぎゅっと握った。
「うれしいのか。わたしは、落ち着かない。前の世までいって、あなたの手をこうして取ることはできないから」
「そうね、無理だわ」
 きっぱりと、狭也は言った。
「あなたに出会ったのは、あたしですもの。あなたをこれほど慕わしいと思うあたしをさしおいて、よそをみてはだめよ」
「ふうん」
 稚羽矢は笑った。
「わたしも、うぬぼれやというものになれそうだ。あなたがこうして、ずっとそばにいてくれるなら」
関連記事
 

 

 

Comment

 

Secret?


 

 

 

 

*Template By-MoMo.ka* Copyright © 2017 しろたえ日記, all rights reserved.

りえ

Author:りえ
基礎絵本セラピスト®
妖怪博士(中級)
漢方養生指導士(初級)

養生とは、生命を養うこと。
健康を保ち、その増進につとめること。

絵本セラピーで心をほぐし、ときに妖怪でほんわかし。
漢方の考え方で身体をやしなっていきます。

無理しない、頑張らない「養生」日記です。

古代日本好き。


シンイの二次小説をお探しの方は、下のリンクからどうぞ!
シンイ



『オロチの娘~妻問いの夜』
いるかネットブックス
※電子書店パピレスより発売中です。
1-203328-c200.jpg



乙女のぐっとくるお話を追求する官能部
http://p.booklog.jp/book/57289部誌その1
http://p.booklog.jp/book/80593部誌その2


kaminomaeをフォローしましょう

絵本関係 (4)
二次創作まとめ (27)
空色勾玉 二次 (99)
拍手お礼 (246)
日記 (35)
妖怪検定 (4)
一次創作まとめ (16)
白鳥異伝 二次 (31)
薄紅天女 二次 (30)
現代勾玉 (14)
勾玉の本 (20)
千と千尋の神隠し (26)
勾玉まつり (28)
未分類 (13)

このブログをリンクに追加する

この人とブロともになる

QR