「もう行かなくては」
 うつくしい笑みが似合う口元をいかめしく引き結び、須佐之男は言った。
 奇稲田は、今にも涙がこぼれそうになるのをこらえた。しらじらと明けた夜をうらみたい気持ちでいっぱいだ。すでに支度をおえた人は、はやるようなまなざしで空を仰いでいた。供をする人たちが、里の入り口のところで須佐之男を待っている。
 呼び声がかかると、須佐之男は手をあげてこたえた。
「姫?」
「あなたを、行かせません」
 懐にとびこむような勢いで走りより、すぐそばで見上げると、須佐之男は顔をひき、一足後ずさりをした。さける振る舞いをされて、胸が痛んだことにまた傷つきながら、奇稲田はぶつけるように声を大きくした。
「行ってはだめ」
「おやおや」
 須佐之男は苦笑いをした。
「少し出かけるだけだよ。ほかに行くところなどないことを、あなたが一番よく知っているだろう」
 須佐之男はやさしく言った。
「どうした? あなたは何かをおそれているな。わたしなら、案じることはないよ、なにしろこれがある」
 腰に履いた大蛇の剣をならしてみせた。その金音こそが奇稲田に不吉な予感を抱かせるというのに。
「大蛇神が守っていたものは、鉄だ。大きな力なのだよ」
「力はいたずらに争いをうむわ」
 こらえきれない涙がとうとう頬を流れていった。
「どうか行かないで。大蛇神の忠告を聞いたのなら、行けないはずよ」
 須佐之男は困ったように目をそらした。考えをあらためるつもりがないことは明らかだった。
(勝手だわ)
 怒りがこみ上げてきた。奇稲田は大蛇の剣にとりすがりたい気持ちをこらえ、叫んだ。
「もう知りません。戦好きの高天原びとと言われたって、わたくしはもう知らんぷりするわ。あなたの妻になるのもやめます」
「やめる? いまさらあなたに妻問いするものがいるかな、この国で」
 意地の悪い目で須佐之男は見下ろした。
「いままで、誰もいなかったといったのは、あなただ」
 すがったものを冷たく置いていくことなど、すでに心を決めた人にとっては簡単なのだ。
「いてもいなくても、あなたとは死んでも添いませんから」
 須佐之男の目にかすかないらだちが見えた。
「ああ、けっこう。いまなら、添うも添わないもないな。あなたの寝床に招かれたわけではないし。それではさようなら、奇稲田姫」
 二人は背を向けあい、あとは口もきかなかった。
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りえ

Author:りえ
基礎絵本セラピスト®
妖怪博士(中級)
漢方養生指導士(初級)

養生とは、生命を養うこと。
健康を保ち、その増進につとめること。

絵本セラピーで心をほぐし、ときに妖怪でほんわかし。
漢方の考え方で身体をやしなっていきます。

無理しない、頑張らない「養生」日記です。

古代日本好き。


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