「それで、おまえはうんと言ったのか?」
 どうしてこんなに平気な風でいられるのだろう。
 初めての共寝など、佐保彦にとっては、さけては通れない面倒なしきたりにすぎないのだ、きっと。
 真秀は夕暮れのころに族人の目をさけて佐保彦の御館へ行くと、すでに身軽な衣に着替えて髪をとき、おそい仮寝をしていた人をゆさぶった。めざめた佐保彦はぎょっとして、それから決まり悪そうに目をそらした。
「しかたないさ。おれはそれでいい」
 真秀はなぜ自分ががっかりしているのかわからずに、それでも腹が立ってつめよった。
「しかたない? それでいい?」
 灯りのない室のなかはうす暗く、佐保彦の顔はよく見えなかった。
「ああ。おまえがいやじゃないなら」
 声が眠たげにかすれている。どうでもいいと言わんばかりだ。
「やっぱりいやだ。あんたなんかじゃいや」
 腹が立って肩を思い切り押したというのに、びくともしない。佐保彦はやさしく笑った。
「おれは、おまえならいいと思ってた」
「うそ。そんなこと、ちっともあんたは言わなかったわ」
 言い返した声が震えた。たわいなくうれしいと思ってしまう自分が浅ましく思えて、真秀はつんとあごをあげた。
(うれしい?)
 自分の心にうらぎられたようだ。佐保彦なんてわがままで怒りっぽい弟のようなものだと思っていたのに。
 それなのに、どうしてこんなにも胸がなるのだろう。
「気安いから?」
「まあ、そうだよ。それに・・・・・・」
 吐息が通ったかと思うと、唇が合わさった。振り上げた腕をとられ、巻き込むように抱きしめられた。首筋に顔をうめて小声で佐保彦は言った。
「とにかく、おまえでよかった」
 真秀はふいにこわくなって、声を上げた。
「あんたは悪い神さまで、あたしをだまそうとしてるんだ。でなければ、佐保彦がそんなことを言うはずないもの」
「それが口づけをうけて言うことか」
「口づけ?」
 押し殺した声で佐保彦は言った。
「もういっぺんしてやろうか? おれが悪い神なら容赦などないぞ」
 驚いた真秀は、手のひらで佐保彦の口をふさいだ。その手をもぎとるようにしてどけると、佐保彦はため息をはいた。
「これだから、おまえは」
 おかしそうに笑うので、真秀もつられたように吹き出した。けれど、なにがおかしいのかもわからなかった。
「真澄に殺されるかな」
 殺すなどという禍言は、穏やかな真澄からもっとも遠いところにあるものだ。
「兄さんはきっと喜んでくれるわ」
 佐保彦は何も言わなかった。こうしてただそばにいることが、気詰まりではないもののひどく落ち着かない。
「あたし、ええと、もう行かないと」
 佐保姫にだまってきたのを思い出したのだ。きっと心配しているだろう。
 御館を出てきざはしを降りようとした真秀の手を佐保彦がつかんだ。
 気づいたときにはきつく抱きしめられていた。おずおずと背中に腕を回すと、佐保彦がいよいよ腕の力をつよめた。
「苦しいよ」
 はっとしたように腕をとき、佐保彦はじっと真秀をみおろした。篝火の火明が彼の片ほほをそめ、いたくまじめな顔つきを照らし出していた。
「佐保彦?」
「行け、寄り道するなよ。客人はじいさんばかりではないから」
 ほかに何か言いたいことがある素振りで、佐保彦はそれでも真秀が見たこともないような大人びた顔をして笑った。
「おまえに言うのもおかしいか。那智と真向かえる霊力を持ったおまえを傷つけられる者などいない」
 
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りえ

Author:りえ
基礎絵本セラピスト®
妖怪博士(中級)
漢方養生指導士(初級)

養生とは、生命を養うこと。
健康を保ち、その増進につとめること。

絵本セラピーで心をほぐし、ときに妖怪でほんわかし。
漢方の考え方で身体をやしなっていきます。

無理しない、頑張らない「養生」日記です。

古代日本好き。


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