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春日野のまぼろし3

Category銀の海金の大地 二次
 明るい日差しの中を駆けてきたせいか、神殿の中にみちた薄やみに目が慣れず、真秀は目を細めた。
「まあ、はやかったわね」
 母の明るい声に、むっとした顔をふりむけた。
「あらこわい顔」
 しなやかな指先につまんだ菓子は、大和からの土産だろう。韓渡りの珍しい食べ物を、よく日子坐はたずさえてやってきては妻たちに与えた。そんなものでたわいなく喜ぶのが腹立たしくて、真秀はいやなのだった。
「母さん、叔母さんも。お菓子なんかでにこにこして」
「でも、おいしいのよ。ね」
 母は、掖月によりかかってほほえむ人に言いかけた。
「ええ、そうね。香ばしくておいしいわね」
 二人はそっくりで、明るい笑い声などが重なるときには、森の中で木霊がささやきあうのを聞いたときのように落ち着かない、どこか浮ついた気持ちになるからふしぎだった。
 双子の姉姫が真澄と真秀の母であり、妹姫が佐保彦と佐保姫を産んだ。
 二人は日子坐を夫としてもてなし、ずいぶん大事にしてきた。ほかに古いつきあいのある大和の豪族もあったのに、彼女らが選んだのはちいさな部族の王子だった。
(なぜ日子坐なんか。たしかに、美しいけれど)
 兄の真澄は若いころの日子坐に生き写しだという。真澄は本当にきれいだ。見ていると、笑みかけずにはいられないくらい美しい。
「美しいものをみるのは、目のよろこびね」
 母は真秀をみつめて言った。
「真秀は、見ているだけで満足なのでしょうね」
「母さん、そんな話をするために呼んだの」
 叔母がやさしく取りなした。
「大切な話ですよ、真秀。あなたも、もう一人前になったのですから。夫を迎えることを考えなくては」
 動転したのをさとられたくなくて、真秀はうつむいた。
「だれでもいいわ」
「もうすこし近くへおいで、真秀」
 静かに、有無を言わさぬ声音で母が言った。しぶしぶ従うと、そばに座るなり口にむりやり菓子をつめこまれた。焼いた甘い餅のなかには、とろけるような餡がたっぷり入っている。くやしいが、おいしい。
「ほら、まだまだたくさんあるわ。お食べ」
 顔をのぞき込んでくる母を、なさけない思いで真秀は見返した。いつもこうだ。反抗してみせても、母には勝てたためしがない。
「佐保彦が好き?」
 突然問いかけられて、餅がのどにつまった。
「あら、大変!」
 叔母があわてて背中をさすった。
「水を!」
 水差しの口をくわえて水をごくごく流し込むと、やっと落ち着いた。
「・・・・・・佐保彦がどうして出てくるの?」
「だって、好きなんでしょう」
 母の無邪気さが憎らしかった。
「好きなら、話がはやいわ。おまえの夫には佐保彦がぴったりだと、わたしたちは考えているのよ。日子坐はどうにかして、おまえを王宮へ送り込もうとしているけれど」
「いやよ。王宮なんて息が詰まるわ」
「そうでしょう?」
 母と叔母が顔を見合わせて笑うのを見ると、真秀は怒る気も失せてしまった。
「だけど、それと佐保彦は関係ないわ」
「まあ、まだ子どもだわね」
 朗らかに母は笑った。
「日子坐がふらりと遊びに来たときこそ、深い深い思惑があるときなのよ、真秀。あの人はにこやかに笑みながら、さまざまな悪巧みを思い巡らすのが根っからの性分なのだから」
 笑うところではない。真秀は唇を噛んだ。
「真澄の妻問いのことで来たのではないの」
「それは内々に、もう決まったことよ。日子坐はもう次の手のことを考えているの。あなたか佐保姫のどちらかが、ゆくゆくは大后になるようにしたいのです。日嗣の御子を産んでほしいのよ」
「妃が何人もいらっしゃるのに?」
 言いながら、うんざりした気分で真秀は目を閉じた。
 大王にはすでに御子が何人もいる。妃も大勢。大和豪族の姫たちは妃となっても生まれ育った里を出ず、大王の訪れを待つことが多い。佐保も古い大和の国人であるから、姫を一人出してもおかしくはないけれど。あえて王宮に行く必要もないだろうに。
(また、政か・・・・・・)
 佐保の姫が王宮にいれば、大王はいくらか領外へ出かけることが減るかもしれない。真澄はたいせつな妹姫をひんぱんに訪ねるだろうし、真澄を大変気に入っている大王は、王宮で過ごすことを好むだろう。
 佐保はいよいよ大王のおぼえめでたい一族となり、和邇も周辺の豪族を牽制しながら、ごく穏やかに威勢をほしいままにする。いずれ姫が御子を産めば、ますます安泰ということだ。
(だから大嫌いなのよ、日子坐なんて)
 里を離れれば大勢の妃の一人として扱われるだろう。駆け回れる広い野は王宮にはない。気心の知れた娘たちとも引き離されるだろう。大好きなこの土地や、人々と。
 そこまで考えて、兄の真澄ではなく佐保彦の面影が浮かんだことに、真秀は驚いて息をのんだ。冬の朝、薄氷のはった池を、そろそろと足先でつつくように、ゆっくりと思い返してみる。
 初妻の意味を知っているのかと。そうあきれたようにたずねた佐保彦の顔がやきついて、離れない。まっすぐにみつめてきたもの言いたげなまなざしが忘れられないのだ。
「母さん」
 真秀は母の手を取って、握りしめた。
「王宮へ行くくらいなら、あたしは佐保彦と共寝したほうがましよ」
「まし?」
 叔母がこらえきれないように吹き出した。
「真秀らしい。あなたは本当におもしろい子だわ」
 すこし恥入って、真秀は唇をかんだ。
「その言葉が聞けただけでもよかったわ。ねえ、姉さま」
「そうね、無理に夫婦にするには忍びなかったものね」
 首をかしげた真秀を、母はみつめた。
「佐保彦の初妻の姫はあなたよ、真秀。これは、誰がなんと言おうと、くつがえせません」
 叔母もすこしすまなそうに、けれどはっきりと言った。
「恨まないで、真秀。けれど、急がないとあの人との戦に負けてしまうの。大王の妃のおひとりが身ごもっておられるから、大王も表だっての妻問いを控えていらっしゃる。お生まれになる前のわずかな時で勝負がつくわ」
「勝負?」
 やさしい叔母の口から聞くには、あまりに似つかわしくない言葉だ。
「佐保姫だって行きたくないと思うわ」
「あの子は、よく心得ていますよ、わが佐保の一族のことを」
「どういうこと」
 いやな予感がした。春の日溜まりのように、いつもにこにこしている佐保姫が、真秀の知らない何を心得ているというのだろう? 
「佐保を永遠に生かすものと、佐保を滅ぼすもの」
 できれば耳をふさいでしまいたかった。前大巫女であった人の予言だ。姉佐保姫と妹佐保姫、力を持たないほうが産んだ子は、佐保を滅ぼす「滅びの子」だという予言だ。
(二人は同じくらいの霊力を持っている。予言ははずれたのよ)
「いいえ、予言ははずれないわ」
 母がきっぱりと言った。心を読むのは佐保の霊威のほんのあらわれだ。いいや、読まなくとも、娘の考えなど母にはお見通しなのかも知れなった。
「ねえ、真秀。滅びとは何かしら。永遠とは何? わたしたちは、予言を真っ向から受け止めようと決めたのよ。おびえてそれが果たされるのを待つのではなく。戦おうと決めたのよ。わたしたちのどちらが永遠の子を産むか、滅びの子を産むか、もうどうでもよかったの。人も獣も、生まれたものは必ず死ぬわ。国もそう。とこしえに続く王国などないのよ。なら、永遠も滅びも関係ない。それは自然の営みの中で繰り返されてきたことだもの。わたしたちは、逃げないことに決めたの。長い長い神夢を見て・・・・・・逃げることは戦うことより苦しい道を行くことだと知ったのよ」
 一息に言い終えると、母は静かにほほえんだ。
 笑みをたたえながら、戦士のような物言いをする人を、真秀は信じられない思いでみつめた。
「母さん、あたしは戦士じゃないわ」
「いいえ。佐保の女はこの上ない戦びとなのよ、真秀。あなたは身のうちの霊力を、どうか佐保を守るために使ってちょうだい。そして必要ならば、ためらいなく戦うのです。真秀はこの佐保で。佐保姫は、王宮で」
「戦びと」
 真秀はそれだけつぶやくのがやっとのことで、あとは呆然と双子の顔をみつめていたのだった。
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