そなたが生まれた日のことか。
 正直を言って、よくは思い出せぬ。
 産屋のそばで酒を飲み始めた仕方のない大馬鹿どもを追いやるのに必死だったことしか覚えていないのだ。
 それに、産屋は女たちの領域であって、おいそれと男が踏み込むこともできん。稚羽矢・・・・・・そなたの父はこの世のならいに疎いのをいいことに、平気で好きにふるまっていたが、そなたはそんなところを見習ってはならんぞ。
 なんだ、その顔は。そなたの母のことは、もちろんわたしとて深く案じていたぞ。案じぬときなど一日とて、ない。
 好きとか、きらいとか・・・・・・そういう話ではない。
 まったく、やはり親子だな、稚羽矢とそなたは。
 わたしが笑ったらおかしいか?
 まあ、いい。
 そなたの父母の結びつきは、豊葦原にとって重要なものだ。大王の婚いは、ふつうの人々のそれとはちがう。
 婚いとは、夫婦のちぎりを交わすことをいう。まだわからなくとも、いつかわかるときがくるだろう。
 しかし、そなたを身ごもるまで、そなたの母を認めようとしない者たちがいたのは確かなことだ。それが、そなたの母をずいぶん悩ませた。
 そのときのことならば、いくらか話せるが・・・・・・聞きたいか?
「大王にふさわしい妃の君を一人とするなど、それこそ不遜ではないか?」
 山城の狸はそれが口癖だったものだ。
 ふん。あんなもの、狸のほうがずっとかわいいものだ。
 で、古狸はだな、稚羽矢がまったくよそ見をしないのに腹を立て、狭也をちくちくいじめぬくことで憂さ晴らしをすることにしたのだ。
 まったく、とんでもない奴だ。 
 とろけそうな甘い顔ばかりそなたに見せるあのじじいを、よくよく注意して見ておけよ。人の真価は、まったく利害関係のない相手に、どんな態度をとるかで明らかになる。そういうときに人の品というものがわかるのだ。
 利害関係のない相手? 敵味方の枠の外にいる人々のことだ。
 それで、何の話だったか。
 そなたの母のことだったな。
 そなたを身ごもったあとも、やれ日嗣とするなら男子でなければだとか、やれ姫ならいないも同じだなどと、聞くにたえぬことをさんざん言ってな。あのじじいは声だけは大きい。大きい声は、よく宮に響いていたものだ。
「王、どうかお怒りをおさめてください。あたしはちっとも気にしていません」
 狭也は強い女人だが、身ごもったうえにそんな話を聞かせられてはな。今思っても、はらわたが煮えるようだ。
 泣いたあの人を見たときには、胸がふさいだ。
 宮から出て息抜きなどもできぬ立場でもあった。
 だがな。
 のんびりしているそなたの父が、一喝した時は見直したぞ。
 冷たい面で、こう言ったのだ。
「そなたは、うるさい。そんなに気に入らぬことが多いなら、豊葦原は広いことだ。どこでも好きなところに行けばいい」
 と、こうだ。山城はいっぺんに青ざめて、口をつぐんだ。
 おかしかろう。
 そなたも、いかに重臣であろうと、言うべきところは言わねばならぬときがくるだろう。見過ごしてはのちのちの災いも呼びかねないことと、些事を見分けるのは難しいことではあるがな。
 そなたは日嗣として、重い役目を担っている。
 生まれながらにしてな。
 そのことを、厭うこともあるやもしれん。欲しいものをあきらめざるをえない時もあるかもしれん。
 もしかして、孤独という苦い酒をひたすらなめることになるかもしれん。おどかしているわけではない。これは、事実だ。
 そんな顔をするな。
 泣くなよ。十はもう大人だ。
 さびしい? しかたのない奴だな。
 さびしくならんように、そなたの父も心を砕いているだろう。われらもな。山城の狸も、まあ頭数にいれてやってもよい。腹立たしいがな。
 そなたが御座を継ぐまでに、なしておかねばならぬことが、たいそうたくさんある。国の礎はまだ確かとは言えぬからな。

 まあ、そういうことだ。
 そなたはよく学び、よく遊び、よく食え。そうしていれば、まず間違いあるまいよ。間違いそうになったら、わたしがなんとかして目を覚ましてやる。
 そうだ、その意気だぞ。
 そなたは笑うと、父より母に似るな。

 さあ、休憩はおしまいだ。
 もう一本。かかってこい!
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りえ

Author:りえ
基礎絵本セラピスト®
妖怪博士(中級)
漢方養生指導士(初級)

養生とは、生命を養うこと。
健康を保ち、その増進につとめること。

絵本セラピーで心をほぐし、ときに妖怪でほんわかし。
漢方の考え方で身体をやしなっていきます。

無理しない、頑張らない「養生」日記です。

古代日本好き。


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