筒井筒1~なんて素敵にジャパネスク

2012.02.25.Sat.04:00
ジャパネスクを一気に再読して、やっぱり面白かった!!
高彬の男ぶりがだんだんと上がっていく所に釘付けになりました。


2まで続きます。


 ぼくは手にした琵琶をぶん投げたい気分で、それでもにこやかにほほえみながら宴席をさがった。幸いぼくの出番はもうない。琵琶は得意だけれど、どうも今日は集中できない。
 だいたい、瑠璃さんがぜんぶ悪いんだ。
 もう十六にもなろうというのに、いまだに夢みたいなことを言っている。大きな目をぱっちり見開くようにして、あの人は二言目には「吉野君、吉野君」だもんな。
 どんなにがんばったって、死人と争えるわけがないじゃないか。
 ぼくとの約束なんて、すっかり忘れているあの人が憎いよ。
 官位も受けたいまとなっては、責任もある。あどけない童髪のころに戻りたいわけではないけど、心が塞ぐような感じにため息が出た。官位とか、結婚とか、考えなくてもよかった頃がなつかしいのはたしかだ。 
 今日は瑠璃さんと権少将を引き合わせる宴が、大納言どのの屋敷でとり行われていた。権少将は、好きじゃない。はっきり言うとろくでなしだ。
ろくでもないやつが殊勝な顔できざはしの下に寄り、瑠璃さんのいる御簾内にじいっと目をこらしているのを見てしまうと、わけもない怒りがこみあげて苦しくなった。琵琶を弾じる撥を持つ手がふるえて、いささか強すぎる音が出てしまった。
 宴席を下がったのは、それを恥じたせいもある。

 瑠璃姫は、大納言藤原忠宗どのを父とする深窓の姫君であり、けれどずいぶんと気安い人でもあった。深窓の姫君だなんて、言っているほうがむずがゆくなるってものだ。あの人は、おとなしく御簾のうちにおさまっているような女性ではない。
 瑠璃さんとぼくは幼い頃からよく一緒に遊んだ、いうなれば筒井筒の仲である。竹が伸びると節目が刻まれるように、大人になろうとその思い出は消せない大切なものなのだった。少なくとも、ぼくにとってはそうなのだ。
 この気持ちが恋なのかと問われると、ちょっと判別しがたい。なにしろ、はじめてだもの。
 ・・・・・・ともあれ、「ずっと一緒にいる」という幼い約束をしつこく覚えているのはこちらのほうだけで、どうにかして思いを伝えようとしても、ことあるごとに吉野君を引き合いに出されるんだから、たまらない。笑いながら「あんたもあの方を見習えば」などと言われては、平静ではいられないよ。
 重ねて言うけれど、百歩ゆずって見習おうにも相手はすでに亡き人で、しかも相当に美化されている。やりきれない。
「だいたい、高彬が悪いよ。うちの姉さんのような人に、何かを諭そうなんて」
 瑠璃さんの弟で、ぼくの親友の融は、あきれたように言ったものだった。
「殴られるにきまってるじゃないか」
 たぶん、ふつうの姫は、人を殴ったり、几帳をけっ飛ばしたり、碁石を振りかぶって投げたりはしない。
「高彬はすこしおかしい」
「なんだよ」
 ぼくは不機嫌に聞き返した。融とは打ち解けた仲だから、なんでも言い合える。それでも、さも知った風にこういわれると、腹が立つ。
「姉さんのことだよ。弟のぼくが言うのもなんだけど、姉さんは女性として、どこか致命的に欠けているところがあると思うな。姫君としての慎ましさとかさ、そういうのがさ、一切ないじゃないか」
 碁石をひたいにぶつけられたことのあるぼくは、あやうく同意しかけて、踏みとどまった。
「瑠璃さんは、いい人だよ」
 融はフンと鼻を鳴らした。
「なんでまた姉さんのことが好きなの? 悪い人じゃないけど・・・・・・妻としてはどうかと思うよ」
 妻としてはどうかなんて、結婚してみないとわからないじゃないか。
 大切なのは、瑠璃さんがいくらか規格外の姫君で、口も悪いし暴力はふるうし常識なんて蹴り飛ばすような人だとしても、ぼくがあの人を好きだということだ。
 どうして好きなのか、はっきりとは言えない。それが歯がゆい。
 でも、いつ好きになったかなら、思い出せる。

 あれは、瑠璃さんがはじめて腰結に裳の腰を結んでもらい、大人の女性の仲間入りをした年のことだ。
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