姫と護衛3

2012.02.17.Fri.20:33
 科戸王が狭也姫に護衛をつけんとしたのは、不穏な動きが輝側にあるからだという。大王のそばに闇の姫がいることを不都合だと思う輩がいるらしい。
 伴彦はそれを聞いて、どこかほっとしたのだった。本心を隠し、うわべだけ仲間面をするなど、気味が悪い。
 今まで敵同士だった輝と闇が、手をたずさえて新たな国をつくるなど、夢物語にすぎないのだ。
 氏族の長たる人々の考えがどうかはわからないが、輝と闇が協力すべきと聞いても、感じるのは反発ばかりだ。闇の氏族を根絶やしにし、不死の国を打ち立てようとした相手と、にこやかに同席できるわけがない。
(それをなさろうとしているのが、姫なのか)
 ため息が出る。輝の人々は闇の巫女に対して何の敬意も払わず、公然とあざけるのが常だった。卑怯なことに、大王がいない場所でちくちくと嫌みを言う者たちの目はずるがしこく光り、なめらかな舌は大王を賛美しながら狭也姫をののしるのだ。
 そのたびに、姫は怒ることもせず、むしろ腹を立てる伴彦を案じるようにみつめるのだ。
「いいのよ。気にしていません」
 本当に気にならないのか、そうならよっぽど肝が太いかのんきなのだ。
「まあ、のんき者呼ばわりされるとは思わなかったわ。けなげと言ってちょうだい」
 姫は笑った。
「ああいう人たちのほうが、無邪気なのです。こわいのは、じっと押し黙って鬱々と憎しみをたぎらせているような人たちよ」
 はっとして見つめるものの、姫の横顔はただ静かなのだった。
「簡単なことではないわ、今までにないことをするのだから。怒りをどこに振り向けたらいいのかわからないのよ」
「怒りは刃です」
 伴彦は暗い声で言った。
 輝の末子を大王として据えることで、深い断絶状態にある二つの氏族がみごとに結びつくのか。
「刃はこの上ない道具にもなるわ」
 そううまくいくとも思えなかった。
「大王とはいかなる方ですか」
 無知で、それほど賢いとも思えない。それが、どのように人々を率いていけるというのだろう。
 狭也姫は振り返って、まじめな顔つきをした。
「あの人ほど大王にふさわしい人はいないと信じているの。豊葦原を統べる、希有な人よ」
 いつも微笑んでいる姫は、ふとしたときに強く確信に満ちた物言いをすることがあった。氏族の巫女姫の言葉だったとしても、伴彦はどうしてもうなずけなかった。いいや、うなずきたくなどないのだった。

 科戸王の使いが伴彦を呼びにきたのは、夕暮れの頃だった。
「そなたはよく働いている」
 ねぎらいの言葉をかけたあと、王は伴彦の顔に何を見たのか、苦笑いをした。
「役目が不満か?」
 伴彦は正直に言った。
「どうか、館を建てる人足に加えてください。この半月、姫の御衣に触れるほど近くにまで参ったふとどき者はおりませんでした。朝昼夜とお仕えしても、これ以上お役には立てません」
「・・・・・・姫はどんなご様子だ?」
 伴彦はしばし考えた。今朝、あまりにせがまれるので故郷の話をしたら、たいそう喜んで笑顔をみせてくれた。昼、握り飯を作業場で手ずからくばったが、ありがたがって人々が頭の上に掲げた握り飯を、大烏がかすめとっていった。「鳥彦、あんたったら、承知しないから!」と怒って、人々をいささか戸惑わせた。
 そして夕方、伴彦をまっすぐな目でみつめ、「大王は希有な人」と言ったのだ。
「姫さまは、おおむね笑っておいでです」
 科戸王は息を吐いた。
「ならよい」
「あの、姫さまはいずれ妃になられるのですか」
 王は眉間にしわをよせた。
「そうなるよう、心を砕いている。輝の老人どもが、こしゃくなまねをするものでなかなかうまくもいかんがな。よし、今宵はもう休め」
 なぜか胸をつかれたような気がして、伴彦は息をつめた。
「なぜですか」
「大王がお渡りになる」
 ひどく不機嫌な顔つきで科戸王は言うと、その後のすべての仕事を免じて伴彦を下がらせた。
 薄暗い廊下を行きながら、伴彦はいつの間にか姫の室の近くにまでやってきたことに気づいた。物音もしない室には灯火がゆれ、脇息によりかかり眠る姫の姿が闇の中にぼんやりと浮き上がって見えた。
 閉じたまぶたが時折ふるえる。それは火が揺れるせいなのか。豊かな黒髪が頬にかかり、そのつややかさは触れたいと思う気持ちをかきたてた。
 護衛にあるまじきことだ。しかし、どうしても止められない。
 片膝をついて顔をのぞき込み、重たげにかかった前髪を払うと、姫はかるく眉根をよせた。すべり落ちかけた襲をかけ直そうと肩に手をのばしたが、ほとんど浮かされたように背中に腕を回し、きつく抱きしめていた。
 やわらかな頬に唇を当てたが、かたりと物音がしてはっとした。黒雲がわきたつように押し寄せてきたおそれに、伴彦は体をはなすと、室の入り口に立った男をみつめた。
「そなたは、誰だ」
 背筋が寒くなるような声だった。感情のこもらない、空虚な問いかけだったからだ。
「王がつけた護衛か。今日はもういい、下がれ」
 動けないのか、動きたくないのか、考えることもできなかった。目の前の男はわずかに顔をゆがめた。そうしてさえ美しい面は損なわれず、表情らしいものが刻まれたことで、いっそう秀麗さがきわだった。
(大王)
「下がれと言った」
 ため息とともに大王は近づくと、伴彦をみつめた。
「どうした、聞こえないのか」
 軽く肩を押されて、伴彦は思わず押し返した。大王は驚いたように目を大きくして、それから意外なことに微笑んだ。
「やっぱり。そなたは、そうだと思った」
「やっぱり、とは」
 かすれた声で問い返すと、平気な顔で言った。
「口づけをしたろう。狭也が好きか」
 あまりのことに声もでなかった。なじられているというより、さとすように語りかけてくるのも奇妙だった。
(なんなんだ、こいつは)
「悪いが、わたしもこればかりは譲れないのだ。狭也はわたしの巫女だ。この人に鎮めてもらわなければ、荒ぶる力は手にあまる」
 姫がみじろぎをした。
「稚羽矢?」
 寝ぼけたような甘えた声を聞くなり、伴彦は自分の愚かさをさとった。すっとわきを通り抜けた大王は、いくらか苦労しながら姫を横抱きにし、頬に口づけをした。姫はくすぐったそうに身をよじり、それでも抱き上げた人の首に腕をまわした。
「まあ、寝床まで連れて行ってくれるの」
 そう言う声ははずんでいた。
「ああよかった。一人寝はほんとうに寒いんだもの」
 ほどなくして、すこやかな寝息が聞こえてきた。
 呆然とした伴彦を、大王はいくらかおかしそうに振り返った。
「わたしにはこの人しかいない」
 輝の御子にしては情けない物言いに、伴彦は顔をゆがめた。
「なら、守れるというのか」
 輝と闇の確執を乗り越えて、新たな国を作ることなどできるのか。
 憎しみを乗り越えていけるのか?
 怒りの刃から、いとおしい人を守れるのか。
「守ってみせる」
 まっすぐに大王は伴彦をみつめた。
「この人がとどまる所に、わたしもとどまると決めたのだ。この人の大切なものも、きっと守ってみせよう」
 神は偽りを口にしないという。なら、この男が言うことは本心なのか。
 わかりはしない。
 ・・・・・・だが、姫ならば信じられる。
 赤子を抱いて泣いていた狭也姫。生まれた命のかげに、失われた命のあることを思って姫は泣いたのではないか。生まれる命を喜び、亡き命を悼む、そうして綿々と世代を経てきた闇の氏族の巫女が、輝の末子の妻としてそばによりそうことの意味を、伴彦は思った。
 姫の信じるものならば、信じてみてもいいかもしれない。
 室から下がるころには、外はすでに暗く闇に沈んでいた。篝火にさそわれて仲間たちのもとへ行くと、夕飯時の雑多な騒がしさが身を包み、わずかの感傷をもてあそんでもいられなかった。熱いあつものを吹きさまし、酒をなめながら、馬鹿話に声を上げて笑った。
 ふと空を見上げると、星が輝き始めていた。
 闇の中でこそ見える星は、どこか子どものような大王を思い出させた。
 慈悲をしらない輝の御子に慈しみを教えるということを、あるいは狭也姫ならばやりとげるのではないかと、ふとそんな思いがわき上がってきた。
 剣をたんなる破壊の刃ではなく、創造の力として用いる。
 あるいは、輝と闇の両氏族の架け橋とするか。
(我らが剣の姫さまは、なんというお方なのだろう)
 そんな人に懸想した自分もあわれで、なんとなくこっけいで、伴彦は笑った。一度笑い出すと止まらず、巫女姫のおしゃべりや大王のとぼけた顔が消えては浮かんで、なかなか笑いやめることはできなかったのだった。
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