姫と護衛2

2012.02.17.Fri.12:00
 巫女姫というのは、神殿にしずかに座して、一日中口もきかないものだと伴彦は思いこんでいた。
 ところが、狭也姫はおしゃべりで知りたがりで、しもじもの者がするようなことに平気で手を出すのだ。はしためのような姿で衣をももまでからげ、洗濯物を踏んでいるさまを見て、伴彦は青くなった。あわてて止めると、姫はおかしそうに笑うのだった。
「言わなかった? あたしは里娘だったのよ」
「姫さまが洗濯など・・・・・・お止めしなければ、王に叱られます」
「人手が足りないのよ。それに、もうはじめてしまったもの。王もお怒りにはならないでしょう。これは王の寝床の布よ」
 女たちがくすくす笑った。
「寝乱れもないこと。王はきっと身じろぎもなさらずに眠るのね」
 王は目立つ方だから、女たちがこうしてささやきあうのも無理はない。しかし、巫女姫が口にすることとも思えなかった。
 巫女というものにたいして、たいへんな思い違いをしているのかもしれない。しとやかで、清楚で、こんな話には耳を貸さない・・・・・・どころか、声を上げて笑っている。
「姫さま、どうかあの冷たいお方に情けというものをお教えくださいませ。今あのお方の近くに寄れるのは、姫さまだけですもの」
 狭也姫は首を傾げた。
「まあ、だれか忍んでいった人はいないの? ほんとうにいないの。みなさん、弱虫ね」
 伴彦は絶句した。この場に王がいなくてよかった。軽口のやり玉にあげられ、喜ぶような方ではない。
「あなた、恋人はいるの?」
 ふと言い掛けられて、伴彦はぎょっとした。水辺に立ち、川面のきらめきを頬に受けた姫はまっすぐにこちらをみつめていたのだった。
「おりません」
「ですって」
 姫が明るい声を上げると、女たちははしゃいで、聞くにたえないようなことをさえずるのだった。
 ため息が出た。一瞬でも胸がさわいだ自分をせめたい気分で伴彦は頭をかいた。

(護衛も楽ではないな)
 ここ数日姫のそばにいたが、護衛とは名ばかりで、これではお守りだ。ひとときもじっとしていない姫は、今日はなんと産婆のまねごとをしていた。昨日の夜から仮小屋にこもり、すっかり夜が明けた頃に元気な産声が聞こえてきた。大声で呼ばれて何事かと思い走っていくと、横たわる産婦のそばに赤子をだいた姫がいた。
 やさしい目でじっと子を見つめながら、けれど胸をさすような痛ましい声ですすり泣いているのを見たとき、伴彦はあきれながら、おそれながら、この型破りな巫女姫にまったくなぜかはわからないが、どうやら惚れてしまったことに気づいたのだった。
「みどりごよ」
 本来なら産屋は男子禁制だ。生まれたての赤子をみたのは、生まれてはじめてだった。濃い血のにおいをちいさな胸いっぱいに吸い込み、人とも思えない真っ赤な肌をした子は、巫女姫の腕の中で元気いっぱいに泣いている。

 まほろばで、闇をほろぼさんとした敵の根城のまんまん中で、いま氏族の子が産まれたのだ。
関連記事
コメント

管理者のみに表示