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姫と護衛1

Category空色勾玉 二次
 大声で名が呼ばれたとき、伴彦は仲間たちとともに新たな宮に据える真木柱を運んでいたところだった。枝を落とされた巨木はそれでもたいそう重く、幾人もの人手がなければ動かない。伴彦は闇の兵のなかでも若年で、まだ伸び盛りではあったが、力ならば古強者にもひけをとらないという自負がある。
 かけ声をかけてじりじりと柱を引くのは重労働ではあったが、人々の顔にはどこか晴れやかさがあるのだった。
「浦辺の伴彦はどこだ」
 あと少しで作業場に着くというのに水を差されたような気分で顔を上げると、隼の王の信頼も厚い近衛、速彦がいた。
「よう、せいがでるな」
 速彦は将軍の近衛という立場にあるものの、じつに気安く部下の様子に心を砕くので、伴彦も頭を垂れてかしこまるというよりかは、兄のように親しんでいたのだった。
「何かご用ですか」
 使い走りでも言い渡されるのかと思いきや、速彦はため息とともに伴彦を連れ出し、崩壊をまぬがれた東の宮へとともなった。
「聞いて驚くな。そなたには、今日から重い役目をおってもらうことになる」
 息をのんで、伴彦は背筋をのばした。高い青垣を過ぎると足下に触れる感触が変わった。玉砂利を蹴り飛ばさないようにそろそろと歩きながら、いままで踏み込むことのなかった特別の場所にやってきたことに気づいたのだ。
 波立たない池は青い空をうつす鏡にも似て、そこに浮かぶ築山に斜めに生え出たような若い松の姿がおもしろく見えた。庭へとかけられた朱塗りの橋の上に、一人の女人が立っていた。
 浅葱色の衣をまとい、いくらか眠そうな顔をして池を眺めおろしている。
「あの方を知っているか」
 速彦がたずねた。
「・・・・・・剣の姫さまであらせられますか」
 しろい面輪におおきな黒い瞳。ほほえんだような口元は、桜色だ。解いた髪を風にそわとなびかせて立っている姿は、巫女というより、寄る辺のない不安げな娘にしかみえないのだった。
 いつか、氏族の前にたった巫女姫は、髪を詰め、朱い袴をはいてりりしく顔をあげて、なにかをにらみつけるような表情をしていた。どこか強くも神々しくも見えると、皆と話し合ったものだ。
「来たか」
 ふいに背後から聞き慣れた声がして、伴彦は思わず膝をついた。
 五氏族の王の一人、開都王に並ぶ大将、科戸王だ。
 これまで一兵として王のもとで戦ってきた。けっして揺らがぬ強い意志と、迅速さでは右に出るもののいない行軍の手際は、空を翔飛び獲物を逃さない隼にもなぞらえられ、人々の信頼と畏怖を勝ちとっている。このたびの輝との戦でも、重要な局面を制しえたのは、王の働きがたいへん大きかったことを誰しもが知っている。
「そなたが、浦辺の伴彦か」
「はい」
 檄を飛ばす鋭い声は何度も聞けど、こうして直接声をかけられるとは思っても見なかった伴彦は、伏した顔をあげられないまま、うなずいた。
「顔を上げよ。そなたを呼んだのは、ほかでもない」
 おそるおそる仰ぎ見ると、王のそばには巫女姫が立ち、ほほえんでいた。
「力が強く、弓の上手でもあるそうだな。夜目もきくというが、まことか」
「はい」
 言い出した声が、自分のものでないようにかすれていた。
「昼よりよく見えます」
 かすかな笑い声がして、伴彦は驚いた。剣の姫が、こらえきれない様子でふきだしたのだった。思わず見つめると、姫はすました顔でよそをむいた。科戸王は咳払いをした。
「急な話だと思うだろうが、そなたはこれから姫の護衛だ。簡単な仕事ではないぞ。心してかかれ」

 護衛と聞いて、誇りに思うよりげんなりした。仲間たちと土木の仕事をしていた方が、どれだけ性にあっているか。姫のそばに寄ろうとする怪しいものに目を光らせるなどという役目は、ひどく重荷に思われたのだった。そもそも、どこに立てばいいのか。目立たぬように柱のかげにいたところ、姫が顔をのぞかせたので、ひどく驚いて伴彦は後ずさった。
「あなた、伴彦というの?」
 じろじろと遠慮なくみつめられて、どうにも困る。
「浦辺ということは、浜の人? あたしは山里の娘よ。よければ、海の話をきかせてちょうだい」
 あまりに気安いので、伴彦は戸惑って口ごもった。
「お聞かせするような面白い話などありません。お許しください」
 姫はほほえんだ。
「科戸王がなぜあなたを護衛にしたかわかりました。ひとたび命じられれば、意地でも仕事をやりとげる顔ね」
 ぎくりとして、伴彦は姫をみつめた。失礼にあたるとわかっていても、この人の笑みにいつのまにか心が引かれてしまうことに気づいた。それがわかったとて、戸惑いは増すばかりだったが。
「あなたには姉か妹がいるのではない?」
「・・・・・・なぜ、そう思われますか」
 固い声で伴彦は返した。妹は戦で死んだ。無事であれば姫とそう変わらない齢だったろう。
「目がやさしいのよ。あたしを、妹を見るようにみたもの」
「これは、大変失礼いたしました。姫が妹なら、おれはきっと眠れないで、弱り切って死んでしまいます」
 姫は目をみはった。
「男どもが身の程をわきまえずに、気安く戯れを言い掛けるのを、昼夜追い払わなければならないでしょうから」
 姫は吹き出すと、おかしそうに笑い出した。まずいことを言ってしまったかもしれない。顔をうつむけているのもつらくなってきた頃、廊をわたってくる足音が響いた。
「狭也、どうした」
 不思議そうな声の主は、庭におりて姫の手を取った。
「稚羽矢。話し合いはすんだの?」
 姫は目元に涙をにじませながら、ほほえんだ。
「今日はおしまいだよ」
 稚羽矢とは、風の若子のことだ。輝の末子。胸が重苦しくなった。
 すんだ美しいまなざしは、この世のものとも思えない。麗しく、慈悲のない冷酷な輝の神だ。
 容赦のないまほろばの軍に、伴彦の故郷は踏みしだかれた。たいして脅威でもない小さな浦を焼き、生きるものは皆、女子供も海に放り込んだ。
「伴彦、この人は・・・・・・」
 剣の姫は、大蛇を鎮める。水の乙女が風の若子と添うことは、氏族の悲願でもある。
「存じています」
 伴彦は顔をそむけた。
(なんというえらい役目を受けたのか)
 姫の護衛ということは、そのそばにぴったりとくっつく目障りな奴も一緒に守らねばならないということなのだ。
 

 
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