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チョコレートの日3

Category現代勾玉
 朝、下駄箱に入りきらないくらいの袋やら箱が、ぎゅうぎゅう詰めになっているのを見て、阿高は靴を片手にしたまま呆気にとられた。
「おれの靴入れはいつからゴミ捨て場になったんだ。いやがらせか」
「それはチョコレートという食い物だぞ。ありがたくもらっておけよ」
 藤太は平気な顔で、あふれて落ちたのをかばんに入れている。
 それくらい知っていると言いかけて、阿高は頬をひきつらせた。いつになく、異様なくらい熱い視線を感じる。すぐそこの柱のうしろや、ロッカーの影。女子が固まっているところなどは、見たらまずいことがおきそうだ。
「なあ藤太、これなんか、名前も書いてない。だれがよこしたかわからないものなんか、気持ち悪くて食えるもんか」
 藤太は顔を寄せて阿高に耳打ちをした。
「女の子はこわいぞ。そんなことが耳に入ったら、何をされるかわからない。ここは、にこにこしてもらっておけ。ほら、かばんに入れちまえ。さっさと教室に行こう」
 阿高はうんざりした。
「くそ、面倒くさい」
 二月十四日がなんだ。バレンタインデーがなんなんだ。正真正銘、男子受難の日じゃないか。
 トイレに行こうとすると、いつのまにか女の子がついてくる。入ったはいいが、どうにも出るに出られない。ハンカチなど持たないので濡れた手をぱっと払って廊下に出たところ、うつむいた女の子に花柄のちいさなタオルを渡されそうになったのも、だいぶ困った。
 いすに座れば、扱いに困るくらいの手紙やらリボンのついた箱がいつの間にか机に押し込まれている。数学のノートが奥の方でおれ曲がっていた。ちなみに昨日おろしたばかりの新品。阿高はあまりに腹が立ったので、邪魔なものをぜんぶゴミ箱に捨てた。
 いくらかすっとしたが、そのあとはすすり泣きやらとがめる視線にさらされて、正直まいってしまった。
(なんなんだ)
 藤太がうまくあしらっているのを見ると、感心してしまう。
(疲れる)
 机に頬杖をついて、藤太が愛想良く笑いながら何個目かのチョコを受け取るのを眺めながら、阿高は深いため息をついた。
(チョコレートなんて甘いだけで、そんなにうまくもないだろう)
 頬を染めて差し出されても、こちらは困るだけだ。なんて言ったらいいのかもわからない。藤太のように「ありがとう」とにっこりほほえむなんて、阿高にはとうてい無理だ。思うだけでうんざりする。
 チョコレートは気持ちだというが、どうにも重たく感じるのだった。もらったら、気持ちを返さないといけないと思うから、面倒なのかもしれない。知らない相手から向けられる気持ちに、どうやって笑顔や感謝を返せばいいのだろう。さっぱりわからない。
「よお、なんだ。そのつらは」
 広梨が上機嫌で阿高の背中をたたいた。受難どころか福音を受け取ったような顔つきをみて、阿高は鼻を鳴らした。どうせのこと、隣の組の彼女から手の込んだのをもらったのだろう。うらやましくはないが、これだけにやついた顔をされると腹が立ってくる。
「今日という日を恨んでいたんだ」
「そんなことを言ったら、ばちがあたるぞ。こんなに女子の気持ちを集めておいて」
 藤太がゴミ箱から拾い上げてきた色とりどりの箱を、阿高はにらんだ。
「知るかよ。いらないものをいくつ集めたって何になる」
 阿高の頭を押さえつけ、広梨は小声で言った。
「なら、いい方法を教えてやるよ」
「いい方法?」
「おまえの隣があいていると思うからこそ、女の子はがんばってこの日にかけているんだぞ。それを忘れるなよ。本命がいるとわかれば、あきらめるだろう」
 広梨は笑った。
「そうなれば、おまえのところで腐る運命の哀れなチョコが、そっちこっちに回るだろう。いいことずくめだ。いいか、はやく好きな子をつくれよ。そうしたら、来年はきっと静かなものさ」
 阿高はもう答える気もなく、机につっぷした。

 千種と待ち合わせて帰るという藤太をさっさと置いて、阿高は帰り道を急いだ。途中で雨が降ってきて、それでもいくらか肩が濡れたくらいで馬房にすべりこむと、息をついた。
 栗毛の馬の鼻面をなでると、ぶるると口を震わせる。阿高は思わずほほえんだ。
「阿高? 今日は早いのね」
 その声を聞いたとき、どうしてぎくりとしたのかわからない。灰色のつなぎを着込んだ小柄な姿は、どうみても高倉のお嬢様には見えない。頭をくるむように巻いた色のあせた青いバンダナは阿高のものだった。
「鈴、また来てたのか」
「毎日だって来るわ。だって、おもしろいんだもの」
 鈴は腕まくりをした手で鼻の下をこすった。
「わらはちくちくするけど。あ、帰るときは声をかけてね。阿高ったら、この間はいつのまにか一人でいなくなってしまうんだもの」
「ああ、わかったってば」
 阿高は落ち着かない気持ちで手を振った。できれば、すぐにでも帰りたい。どうしてそう思うのかわからないまま、阿高はコートを脱いだ。すると、内ポケットから何かが落ちた。
 いつから入っていたのだろう。ピンクのカードがぬれたコンクリの上にぺたりと張り付いている。
「もらったの?」
「いいよ、そんなの。どうでもいい」
 鈴は手袋を取って、カードをつまみあげた。そして、阿高をにらんだ。「どうでもよくないわ。すきって書いてあるもの」
「・・・・・・押しつけだ、そんなのは」
 いらだちがこみあげてきて、阿高は鈴をにらみ返した。
「この日は何をしても許されるって言うのか? 相手の迷惑もかえりみないで、ただ気持ちを押しつけて、それを当然だと思ってる。おれは、チョコレートなんてきらいだ。大きらいだ」
 鈴は困ったようにほほえんだ。
「だって、今日言わなければ、いつ言うの? あなたのことが好きですって。ずっと好きだったのよ。それなのに、どうでもいいっていうの」
 阿高は、はっとして目の前の女の子をみつめた。
「わたくしだったら、悲しくなるわ。好きな人に、どうでもいいって言われたら、怒ります。阿高はふまじめよ」
 鈴から目をそらして、阿高は小さな声でうめいた。
「なんとでも言え。もうたくさんだよ」
「馬に蹴られたみたいな顔だな」
 おかしそうな声が向こうから聞こえた。顔をあげると、半分開いた戸から顔をのぞかせた田島が笑っている。
「茶でも入れてやる。まあ飲め、阿の字よお」

 田島がけっこうな甘党だということを、阿高ははじめて知った。かばんにぎっしり詰め込んできたチョコをテーブルの上にぶちまけると、田島と鈴は目を輝かせたのだ。
「こいつは、みごとだな」
 大きな丸いチョコを目を細めて眺めながら田島が感嘆した。
「きょうびの学生は高級チョコなんぞ贈るのか。たった一粒で何百円かはするぞ、まったく」
「すごい、阿高! もてるのね。これぜんぶ阿高の?」
 なぜか疲れが増したような気がして、阿高は息を吐いた。
「ぜんぶやるよ」
「本当にきらいなのね」
 阿高の前に湯気のたつお茶をおくと、鈴は隣に座った。
「どんなものをもらったらうれしいの?」
「そりゃあ、男子だからな。甘い口づけ・・・・・・」
「ちょっとおっさん、ほんとに勘弁してよ」
 うんざりしながら阿高は顔をしかめると、きゅうに静かになった鈴を見やった。
「どうした」
「そういうのがいいの?」
 じっと見つめられて、阿高は思わずのけぞった。
「はっきり言え。正直が一番だぞ」
 正直も何もない。阿高は軽くなったかばんをつかんだ。
「悪いけど、今日は帰るよ」
 飲み終えたカップを流しにおくときに、変なものが目に入った。箱から出されたばかりといった感じだ。チョコレート、ではあるが、大きなハート型のうえに緑のペンでわけのわからない生物が描いてある。
「これ、なに?」
 どうにも気になってきくと、田島は鼻で笑った。
「正直者にもたらされる褒美だ」
「はあ?」
 鈴がかけよってきて、にこっと笑った。
「それは、わたくしが田島さんにあげたチョコよ」
「この・・・・・・エリマキトカゲはなんだ」
 頬をふくらませて鈴は首を振った。
「これは、馬、よ」
 それはいいとして。
「おい、おっさんにやるチョコにラブってなんなんだ」
「いいでしょう」
 鈴は胸を張った。
「手作りチョコには必ずそうかくものなの」
 いくら阿高でも、その認識が間違っていることはわかる。
 どうしておっさんに渡して、阿高には何もないのか。
 そう言い出しそうになって、どうにもうろたえた阿高は、逃げ出すことにした。
「阿高! 待って」
 馬房にかけたままのコートを取りに戻ったところで、鈴が追いついてきた。阿高は無視してコートを着込むと、かばんを肩に掛けた。
「阿高」
 腕をつかまれて、ちらりと鈴をみやった阿高は、息が止まりそうになった。鈴は頬をあかくして、今にも泣きそうな顔をしていたからだ。
「なにが欲しい?」
 すぐには切り返せなかった。いつものんびり笑っているくせに、こんなせっぱつまったような顔を見たのははじめてで、ひどく驚いたのだった。
「阿高がほしいもの、教えて」
「どうして」
 ひどく間抜けなことを言っているような気がして、阿高は目を閉じた。
「どうしてって、意味なんてない」
 目を開けると、鈴はほほえんでいた。首をかたむけたとき、ぽろりと涙が頬をすべっていくところだった。
「あなたが好きなものをあげたいと思っただけ。それだけなのだけど。へんね」
 おかしくてたまらなくて、阿高は笑った。
 今日はじめて、心から楽しいと思えたのだ。うれしい気持ちで鈴の頭に手をやると、阿高はつぶやいた。
「もうもらったよ。おまえといると、おもしろい。それでいい」
 鈴は納得していないようだった。阿高は吹き出しそうになるのをこらえながら、付け加えた。
「なあ、あのエリマキトカゲ、おれも食っていいか? えらくでかいから、おっさんだけじゃ始末しきれないぞ」
「馬よ、阿高」
「はいはい」

 
 
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