チョコレートの日

2012.02.13.Mon.17:00
「付き合っているというより、おもりみたいなものだと思う」
 狭也は正直に言った。それを聞くと遠子はストローをかむのをやめて、納得いかないように頬杖をついた。駅前のファストフードの店内はこの時間帯にしてはすいていて、窓際の四人掛けを二人で気兼ねなく占拠できるのだ。
 大きな紙袋のなかにはきれいな包装をされた小さな箱がぎっしり詰まっていて、それが二つともなると、けっこう重たい。
 駅へ流れていく通行人を、見るともなしに目で追いながら、義理をはたすのも楽ではないと、狭也はため息をはいた。
 親戚のおじさんたちは明日という日をずいぶん心待ちにしている。買い出しの任務とそれを手渡すのは、ずいぶん前から女子の役目なのだった。おじさんたちは、義理も何もどうでもいいのだ。なにかもらえるのがうれしいのだろうけど。
 向かいに座った遠子は、首を傾げた。
「おもりって、どういうこと。あの人のことを好きじゃないの」
 稚羽矢のことは、いまもってよくわからない。
 きらいではないけれど、好きだというのもどうも違う気がする。
 ただ放っておけない感じがするだけだ。
「それは好きだということよ」
 自信ありげに遠子は言った。同い年のいとこのことが、狭也は好きだった。象子よりずっと打ち解けやすいし、すっと懐にとびこんでくるような飾り気のなさが好ましいのだった。
「遠子こそどうなの」
 なんとなく聞き返すと、遠子は意外なことに、言葉につまってうつむいた。狭也は身を乗り出すと、遠子の前髪にふっと息を吹きかけた。照れた顔が見える。これは、どうやら、何かある。
 狭也はがぜん張り切ると、遠子の隣に座り直し、肩をぶつけた。
「好きな人ができたの?」
 蚊のなくような小さな声で、うんという。
「だれ? 教えてよ。ねえったら」
 遠子はぎゅっと目をつぶって、口を開いた。
「あの人」
「あの人って」
 こつんと、ガラスをたたく音がした。振り返ると、にっと笑った背高い人が二人を見下ろしていた。
「・・・・・・菅流?」
 遠子はとてつもなくいやそうな顔をした。ガラスごしに菅流を振り仰いだ遠子は、ため息をはいた。
「象子じゃあるまいし。あんな人を好きになったら、いつも心配してなきゃならないわ」
 菅流の隣には、知らない女の子がいる。相変わらずだ。手を振って菅流が行ってしまうと、狭也は聞き直した。
「じゃあ、だれ?」
「あのひとだってば」
 こつこつと、またガラスをたたく音がした。振り返ると、知らない男子が愛想良く笑っていた。すぐそばにもう一人、やけに不機嫌そうに顔をしかめた紺色のコートの少年が、早く行こうと言いたげに、腕を引っ張っている。
「この人たち、知り合い?」
 遠子はあいまいに笑った。
「そうみたい。竹芝の人たちよ。ほら、馬の」
「馬!」
 狭也はあきれ驚いて声を上げた。高倉と橘の披露宴に、栗毛の馬に乗って現れた少年のことは何度も聞いた。苑上を連れて颯爽と会場をあとにした手際は迷いもなく見事で、それは余興に違いないということになっていたのだった。
「紺色のコートのほうが、苑上さんをさらったのよ」
 遠子はため息とともに言った。
 てっきり愛想のいいほうが苑上の相手にちがいないと思っていた狭也は、すこし意外な気持ちがした。まったく冷めた風のまなざしをした少年が、気にかかる誰かを大勢の中から連れ出す熱を持っているようには見えなかったのだ。
「狭也にもみせたかったわ、わたしの背丈くらいはある垣根を、飛び越えたのよ。二人も乗せた馬がね」
「興味がなさそうなのに・・・・・・。見かけによらないものね」
 人通りが一瞬たえた外を、狭也はながめた。
 もしかして、澄ました顔をしている人ほど、うちに秘めたものは火傷をしそうなくらい熱いのかもしれない。
(稚羽矢)
 まっすぐにみつめてくる目に浮かんだ、焦りといらだち。きっと、稚羽矢は気づいていないだろう。そんな目でみつめられて、いやだと言える人などいやしない。狭也の拒絶など、すがるようにのばされた手のまえでは、枯れた小枝でつくった柵よりももろいものだ。稚羽矢がほしいと言うものを、乾いた人が水を欲するように求められて、いやだなんて言えるはずがないのだ。
「狭也は、あの人が好きなのね」
 遠子は静かに笑った。
「あたしは・・・・・・」
「狭也をみていると、わかる。おもりだって、いいじゃない。すきなら、そばにいられるなら、そうしたほうがいいわ」
 遠子は立ち上がって、袋をつかんだ。
「帰ろう。それで、お役目を果たしたら、一緒につくってみよう」
「何を?」
 狭也は面食らってたずねた。
 どこか大人びた顔で、遠子は笑った。
「義理じゃないほう」 
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