祝言の日まで16

2011.04.24.Sun.13:01
 夕暮れの光の中で向かい合った輝の末子は、月代王によく似たかんばせを持っていた。
 しかし立ち姿は伸びるさなかの若木を思わせ、なにより浮かべた表情には憂いも倦みもなく、まっすぐなまなざしには光があった。
(このお方が)
 葛木王は近づいてくる人を前に、あえてひざをつかず手を差し出した。その手を認めた若者は、軽く頭を下げた。そして、ためらいなく握りしめた。いくさをする者のものではないが、汗ばんだ、大きなよい手だった。
「わたしは稚羽矢。輝の末子だ」
 以前、一度だけ彼の姿を見ている。闇の手により社から連れ出された時のことだ。おさなげでなすすべもない手弱女にしかみえず、しばらくは末の御子を女性だと思っていたくらいだ。
 それから短くはない時が経っていたとしても、あのときの巫女と、今まさに目の前に立っている若者が同じ人物なのだと、すぐには信じられそうになかった。
「わたしが言おうとしたことは、ほとんど姉に言われてしまった」
 どこか悔しそうに言うのがおかしくて、思わず問いかけていた。
「照日の御方はずいぶんと案じておられましたな」
「半分はからかいにいらっしゃったのだ」
 輝の若子は苦笑をした。
「ただ、地上の人々を案じておられるお心は伝わってきた。あなたもそうは思われないか」
「大王」
 息を弾ませた高い声が耳を打った。
「ご無事でいらっしゃいますか」
 走り寄ってきたのは一人娘の由津だ。葛木王は叱る気も起こらず、二人の様子を眺めていた。
 領外の人々とはなじまない由津が、今日初めて会ったはずの若者と親しげに話している。若者は打ち解けた笑顔で応えている。
 彼が大王なのだとしたら、娘と娶せるのに何の不都合があるだろうか。そんな考えさえよぎった己に葛木王は驚いた。
 この末子には、二人の御子にはないものがある。なぜか手を貸してやりたい、ほうってはおけないという雰囲気があるのだ。
「大王、妃にふさわしい乙女は見いだせましたかな」
 おそらく山城王はやっきになって自慢の娘を薦めただろう。この若者はどんな豪族の子より高貴で、聡い。輝の大御神を父とし日と月二人のきょうだいをもつ末子にしては、人を寄せ付けない厳しさはない。
「乙女か」
 目を伏せ、腹立たしい様子で末の御子は言った。
「その人を追ってここまできたのだ。なのに、わたしはまた置いて行かれるところだった」
 ちらと男装の娘を振り返ると、さらに怒りは増したようだった。
 不機嫌な表情は笑いをさそうものでしかなく、由津には気の毒だが、若い大王にはただ一人の娘しか見えないのだろう。
(もう、おられるのか)
 一度こうと決めたら、輝の方々は心をそう簡単には変えない。恋することも、憎むことも。
 輝と闇、ふたつの氏族が一つになる日が来るとは、まだ信じられない。だが、今はおそらくそれでいいのだ。
(御方が託されたこの地を、どのように治めるのか)
 栄えさせるのか、または再び戦で焼き尽くすのか。望みを捨て去るのは、それを見届けてからでも遅くはあるまい。
 あるじが飛び立った方を見上げると、一番星が澄みきった空に輝いていた。

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