眠り姫3

2011.12.14.Wed.04:49
「メシというのは、朝食のことなのね」
 そう言って無邪気に笑うのを、阿高は何も言えないままみつめていた。皮肉でも、上品ぶっているわけでもなくて、どうやら本当に知らないようだ。
 目玉焼きを一口で平らげると、阿高はこぼれた黄身を親指のはらでぬぐった。
(そんなやつが、どうして)
 わらの山よりずっと寝心地のいい場所があるだろうに。上履きにジャージ姿で袖口をまくり、染みのついたエプロンをつけたままパンを小さくちぎるしぐさは、どうもへんだ。
(一口があんなに小さいのか)
 小鳥でも、腹がすけばもっとがつがつ食いつくだろうに。阿高は知らない生き物を見るような新鮮な気持ちだった。女の子とはこういうものなのだろうか。阿高はとっくに食べ終わって、片ひじをテーブルについたまま、静かに食べる様子をながめていた。
 ふと鈴が目をあげて、阿高を見た。
「なに?」
「・・・・・・べつに」
「まあ」
 鈴は目をみはった。
「阿高は食べるのが早いのね」
 名前を呼び捨てにされているのに、ふしぎと気にならない。
「はやくもない。ふつうだ。おまえみたいにゆっくり、ちまちま食べてたら仕事にならない」
 阿高は顔をそむけた。
「ふつうだと思うけれど」
 牛乳を飲み干してから、阿高は言った。
「ふつうのやつが、なんで冬の夜に、あんなところにいるっていうんだ?」
「阿の字」
 とがめるような田島の声を、無視して阿高は鈴をにらんだ。
「おまえは誰なんだ。おっさんはこんな顔はしてるが、けっこう女子どもにやさしい人だ。きつく言わないだろうから、おれが言う。メシを食ったら、さっさと帰れよ。きっと家族が心配してるから」
 鈴は目を伏せて黙っていたが、きゅうに立ち上がった。
「それは、阿高には関係のないことです」
「この」
 阿高はかっとなって、声を上げた。
「そうだろうさ。おまえのことなんて、どうだっていい」
 コートなんてかけてやるんじゃなかった。子犬に噛みつかれたような気持ちで、阿高は鈴の皿に残っていたパンをつかむと、噛みちぎった。
「わたくしのパン!」
 知ったことではないと、阿高はしかめ面でこれみよがしにうまそうに食べてやった。ちびちび食べているほうが悪いのだ。
「やれやれ」
 田島がため息をつくのと、事務所のほうで物音がしたのは、ほぼ同時だった。事務所の扉は閉まるときに大きな音がたつ。静かに閉めても、蝶番がぎいときしむのだ。
「おれがでるよ」
 阿高が立ち上がるよりはやく、食堂に入り込んできたのは見知らぬ人だった。
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