女のカンと、白いワンピース2

2011.12.09.Fri.12:00
「小倶那が今日来るのなら、そう言えよ」
 下へ降りるエスカレーターに乗るなり、菅流はそう言った。
「もうすぐ待ち合わせの時間じゃないか。あいつはきっと、三十分は早く来て待ってるぞ」
 遠子はそうかもしれないと思った。
「なんなら、あいつに見立ててもらえばよかったのに。おまえは結局、あいつのために、きれいにしたかったんだろう」
 菅流はからかう様子もなく、つぶやくように言った。
「こういうことは、素直にそうだと言ったほうがいいぞ」
「ちがうってば」
「またそれだ。そういうところからして、色気がないというんだ。女の子だろう、おまえだって。前々から聞こうと思っていたんだが、じっさい、おまえたちはどれくらい仲がいいんだ?」
 遠子はつんとして顔をそむけた。
「菅流には関係ないでしょ」
 ため息とともに菅流は言った。
「おまえは女子必携の色気というものを、食い物か何かだとでも思っているんじゃないだろうな」
 遠子は吹き出した。
「食べられるなんて思ってないわよ。いくらなんだって。色気って、誰かと仲良くすると身につけられるものなの?」
「おまえが誰かのことを強く想えば、想いの強さに比例して色気も出てくるはずだ」
(色気ね。小倶那もそうだと言うかしら)
 駅から出ると、広場に設えられた大きなツリーが見えた。
「菅流?」
 気づくと、隣にいたはずの人が切符売り場のところで引き留められている。女の子二人組が、彼の両脇にくっつくようにして熱心に話しかけているところだった。にやにやした顔を、象子に見せてやりたい。コートからのぞくスカートからして、他校の生徒だろう。
(菅流だって、誠実さを食べ物か何かだと思ってるんじゃないかしら。人のことをあれこれ言って)
 いつものことなので、腹も立たない。
 菅流が誰か一人を真剣に見つめることなんて、あり得ないような気がした。いつもちらちらよそ見をしていて、気が多いことも魅力のうちと考えているきらいもある。
(一度転んで泣きべそでもかけばいいんだわ)
 ただ、服選びについてきてくれたことは素直に感謝しているから、つよく非難することもできない。
 小倶那には内緒にして、驚かせたかったのだ。
 少し見ない間に一人で大人になってしまったような小倶那に、遠子だって成長したのだというところを見せたい。
 大勢の人でにぎわうツリーの下に、小倶那の姿をみつけたとき、遠子は目をしばたいた。一年前に会ったときより、また少し背が伸びたかもしれない。人待ち顔に駅前の大通りを眺めるそのまなざしは、どこかもの思わしげで、ひどく大人びて見えたのだった。
 気後れをおぼえた遠子は、そっと後ろから小倶那に近づいた。背の高い、寒そうな後ろ姿を見ていると、なつかしさとうれしさ、それと、説明ができないもどかしさがこみあげてくる。
 ちょうど時報の鐘が鳴り、ツリーがまたたくまに光の衣装で身を飾った。それを待っていた人たちが歓声をあげる中、遠子は思い切って一歩近づくと、声をかけた。
「何見てるの?」
 振り返った小倶那は、すぐに笑顔になった。
「遠子だ」
 さっき感じた隔たりは、気のせいだったのだろうか。目を見合わせて笑いあうと、小倶那は遠子のよく知る彼だった。おみやげに遠子の好物を買ってきてくれる気遣いもうれしい。
 みんなが噂していた、駅前のツリーを二人で見られたのも満足で、遠子は機嫌よくほほえんだ。
「おかえりなさい、小倶那」
 小倶那はすこし戸惑ったように目をほそめた。今は遠くに暮らしているけれど、小倶那の故郷はずっとここだ。だから、久しぶりね、でもなく、いらっしゃい、でもなく、おかえりなさいと言うのが一番ふさわしい。
「うん。ただいま、遠子」
 小倶那はおずおずと、冷たい手で遠子の指先にふれた。遠子はあたためてやろうとして、しっかりと握り返したはずなのに、反対に大きな手にすっかり包み込まれてしまったことに気づいて、とたんに落ち着かなくなった。
(小倶那と仲良くすれば、色気が出てくるものかしら。ちょっとくらいは)
 じっとみつめると、小倶那は戸惑ったように眉をよせた。
 菅流が言うように、色気が女子の必需品だとしたら、遠子も軽んじることはできないような気がした。
 早く家に帰って、おみやげの鳥まんじゅうによく合う熱い緑茶をいれたら、小倶那にさっそく聞いてみようと、遠子は一人うなずいた。
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