女のカンと、白いワンピース

2011.12.08.Thu.04:26
「菅流くん、珍しいね。一人?」
 名前は覚えていないが、何度か話したことのあるちょっとかわいい同級生に、菅流はあいそよく笑いかけた。
「もしよかったら、遊びに行かない?」
 うんと言いかけて、菅流は苦笑いをした。
「あー、ちょっと約束があってね」
「そうなの。じゃあ、またね」
(遠子め)
 ひらひらと手を振りながら、むなしくなってくる。
 遠子に呼び出された菅流は、ちっとも本人が姿を見せないことにしびれをきらして、ぶつぶつ言いながら人気のない階段を上った。
「あいつは、おれを何だと思っているんだ。放課後つきあえと言っておいて、忘れているんじゃないだろうな」
 明日から連休ともなれば、こちらにも予定というものがある。階段を上がってすぐ左手にある教室をのぞきこもうとしたとき、はじけるような笑い声が聞こえてきて、菅流は足を止めた。
 女の子の笑い声というのは、なかなかいいものだ。聞いていると楽しくなってくる。
「それで、菅流先輩のことだけど」
 女の子が自分の噂をしているのを聞くのは、また一段といいものだ。
「つき合ってるんでしょ、橘さんは」
 菅流はため息をついた。こっそり見てみると、窓際に立った遠子の姿が見えた。遠子はすぐさま首を振った。
「まさか。先輩は親戚だっていうだけで、つき合うなんて冗談じゃない」
(おいこら、それはおれのせりふだ)
 菅流は唇をまげた。ほかには誰もいない教室で、四人ほどに進路をはばまれた遠子は、すこし苛立ったように髪をゆらした。
「先輩に聞いてごらんなさいよ。あのひとは、きっとあなたたちにもつき合おうって言うから。この間、平気な顔で二十人くらいまではなんとかなるって言っていたから」
(二十五人だって)
「そういうことじゃ、ないの」
 食い下がったのは、三つ編みの小柄な子だった。
「誰か本命がいるならいると、知りたいだけ」
 遠子は困ったように言った。
「じゃあ、本人に聞いてみたら。ちょうど後ろにいるし」
 その一言で、内心ひるむほどの勢いで振り向いた女子四人を、菅流は見つめた。みんなかわいいが、いまひとつだ。ぐっとこない。
 遠子がすまなそうに見つめてくるのに気づいて、菅流はほほえんだ。
(そうだ、そういう顔をしていろ)
「なあ、きみたちは、なにを聞きたい?」
 こたえはなかった。口がきけるものなら、遠子に詰め寄らずさっさと菅流の前に現れていただろう。
「おれの本命か。そうだな」
 菅流は歩み寄って遠子の腕を引き寄せ、頭をぐしゃっとなでた。
「こいつは違う。それは確かだよ」
「・・・・・・失礼します!」
 顔を真っ赤にして、逃げるように出ていったのを見送ると、菅流は遠子のおでこを少々手荒につついた。
「いた!」
 菅流は笑った。
「おい、なにをぐずぐずしているんだ。用事というのをさっさとすませよう。おれはほかにも約束があるんだからな」
 遠子はふくれっ面になった。
「菅流が悪いのよ。いろんな人をその気にさせて、放っておくんだから、たちがわるいったら。いまのだって、とばっちりなんですからね。菅流のばか」
「こら、一年のくせに。先輩をうやまえ」
 舌を出して、遠子は毒づいた。
「だれが。うやまってほしければ、それなりのことをしてよね、先輩」



 だいたい、どうして菅流が遠子の洋服を買うのにつき合わなくてはならないのだ。
「制服でいいだろ。高校生なんだから」
「だめ!」
 カーテンのむこうから、声が飛んできた。
「明ねえさまの晴れの日よ。それに、象子がきれいにするんだったら、わたしもそうするんだから」
 ため息しかでてこない。象子のきれいにした姿というのを想像することで、菅流はこの不毛な時間をやりすごすことに決めた。
 色気のない遠子が着飾ったところで、まあそれなりだろう。
 試着室から顔をのぞかせた遠子は、小さな声で菅流を呼んだ。
「ねえ、菅流。菅流ったら」
 背を向けて知らないふりをしていると、しまいには困りきった声でぶつぶつ言っている。
「先輩、見てください。お願いします」
 もったいぶって振り返ると、菅流は吹き出した。
「なに、変?」
 遠子はそわそわしている。
「そんなのは着られないぞ。花嫁の色だからな、白は」
 光沢のある白の膝丈のワンピースは、似合わないこともない。肩にかけたファーもフェイクとはいえ華やかさを添えていたし、首もとのバロックパールのネックレスもおもしろい。すっと伸びたふくらはぎから、いそいで目をそらした自分が意外で、菅流は頬をかいた。
「白はだめなの? 式の後の披露宴なんだけど」
「お色がついたものの方がよろしいかと」
 若い店員が、にこにこしながら言った。菅流はため息をついた。
「だから言っただろ」
「だって、かわいいから」
 遠子は、つぶやくように言った。
「小倶那も白が好きだし」
 いらだちが起こって、菅流はつっけんどんに言った。
「こっちにしろ。おれの言うことがきけないというんなら、さっさと帰るぞ」
 ピンクを示すと、遠子は不満そうな顔をしたが、おとなしく従った。
 そうして着てみると、着慣れない色のせいか、別人のように見える。
「どうだ?」
 大きな鏡に映してみると、遠子は照れくさそうにあさってのほうを向いている。
「ほら、見ろよ。なかなかじゃないか。象子ともいい勝負だ」
 疑わしそうに遠子はこちらを見た。
「まあ、お似合いです」
 けんかしながら試着する二人を、ほほえみながら見つめていた店員は、太鼓判をおしたのだった。
「さすが、彼氏のお見立てですね」
 その言葉は、菅流にしか聞こえなかったらしい。遠子は時計を見ると、走るように試着室に戻ってしまったのだ。
 あいまいに笑い返すと、菅流はふと気配を感じて首を巡らせた。何のことはない、鏡に映った自分がいるだけで、しかし菅流は少しだけ泣きたくなった。
(なんていう顔をしてるんだ)
 腕を組んで、不機嫌な顔をして。他の子といるときは、難なく笑顔を保てるというのに、遠子が一緒だとうわべの笑みなどすぐにはがれ落ちてしまうのだ。
(女のカンというのは、すごい)
 遠子に詰め寄っていた女子は、きっと遠子が特別なのだと気づいたのだろう。たとえ、ほれたのなんのという関係ではないにしても。その他大勢から抜きんでていると思ったからこそ、問いたださずにはいられなかったのだ。
(小倶那がきたら、すこしからかってやろう)
 遠子が小倶那のために白を着たと言ったら、あいつはどんな顔をするかな。
 菅流は鏡の中の自分をなぐさめるようにほほえんだ。



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コメント
リクエストに答えて頂きありがとうございます!しかももう一話あるとは感激です( ; ; )朝から一気に読みました!

やっぱり流菅は遠子の前だと素でいられるんでしょうね。このときの鏡に映った流菅がすごくリアルに感じました!ほんとに色んな意味で特別なんでしょうね…。…いいなあ(笑)

続きが楽しみすぎます( ; ; )?


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