空色学園~クリリスマス

2011.12.03.Sat.04:07
 帰り道、狭也はとなりを歩く稚羽矢を、思わずじっとみつめた。
「あの、クリスマスを知らないの?」
 びっくりした顔の稚羽矢は、そのままうなずいた。
「聞いたことはある。くりりすます。すました栗が、どうのと」
「クリスマス。ええとね、栗は関係ないのよ」
「では、りすは」
「それも、関係ないと思う」
 笑っていいものかもわからず、狭也はため息をはいた。
(どういう生活をしているのかしら)
 寝ぐせのついた稚羽矢の頭を、狭也はちらと眺めた。欠点のないすぐれた容姿だというのに、稚羽矢はちっとも身なりにかまわない。鏡というものがあるということすら、もしかして知らないのかもしれない。
(まさかね)
 幼なじみの真人は放っておけと言うけれど、どうしてか知らないふりができないのだ。気づくと稚羽矢を目で追っている。科戸先生にきつくあたられているのを見ると、ますます気の毒になるのだった。
「そういえば、昨日から駅前にツリーがあるんですって。見に行きましょうか」
 つり、とつぶやいた彼をみつめて、狭也は笑った。つられるように、稚羽矢も笑った。
「うん。行こう」



 赤になりかけた信号をみて、狭也は横断歩道をかけだした。ふと振り返ると、稚羽矢がのんびりと街路樹のところに立ち尽くしているので、狭也は声を上げた。
「先に行くわよ」
 首あたりを掻いていた稚羽矢は、顔を振り向けて眉をひそめた。あっと言う間に駆けだして、狭也の腕をつかんで渡りきり、歩道へ引っ張った。けたたましいクラクションを聞いて、狭也はわれに返ったのだった。
「危ない。車と狭也では、あなたが負ける」
 狭也はこわい顔をした稚羽矢を信じられない思いでみつめた。
「ありがとう」
「狭也はぼうっとしているね。近頃はとくに」
「そんなことないわ」
 狭也はむくれた。
「あなたには言われたくない」
 十二月にはいると、街路樹の枝には電球がつるされ、夜ともなると青い電球の光が目抜き通りを飾るのだった。
 物珍しそうに飾り付けをほどこした店をのぞき込んでいた稚羽矢は、雪だるまの人形を手に取った狭也を見て、笑った。
「稚羽矢くん、なに? ああ、これ。かわいいでしょ」
 雪だるまが汗をかきながらラーメンを食べているところがいい。稚羽矢は首をかしげた。
「稚羽矢でいい」
 抜き打ちテストを宣言されたときより、驚いた。手の中の雪だるまをもみ絞るようにしして、狭也は小さな声で言った。
「稚羽矢くん?」
「くんはいらない」
 どうやら、冗談ではないようだ。
「呼んでほしい。あなたに。何回でも」
 目を細めた稚羽矢は、耳元に唇を寄せた。
「狭也」
 息がかかるほど近くで、彼はささやいた。
「人形は、そうして使うものなのか?」
 はっとして手の力を緩めると、すっかりひしゃげた雪だるまが不満そうな顔をしているようにみえた。店員がじっとこちらを見ているのに気づいて、あわてて狭也は稚羽矢の腕を引いて店先を離れた。
「この通りはこんなにきれいだった?」
 つぶやきを聞きとめて振り返ると、稚羽矢は楽しそうにあちこちを眺めている。狭也と目が合うと、にこっと笑った。不覚にも心がおどって、狭也は唇をかみしめた。
(どうしよう)
 稚羽矢のペースにどうも巻き込まれつつある。そして、一度はまったら抜け出せないようで、少しこわいのだ。ぼおっとしているようで、いざというときはあんな真剣な顔もする。ささやき声を聞くと、目を合わせてはいられなくなるのだ。
「狭也」
 駅前は帰り足の人々で込み合っていた。通りをぶらついている間にあたりはすっかり薄暗くなり、ツリーの前は人だかりがしていた。ライトアップされる瞬間を、人々は足を止めて待ち、見上げているのだった。誰かと肩がぶつかって、狭也は身をすくめた。
「こっち」
 稚羽矢は狭也のかばんをぐいと引き寄せた。あっと言う間に後ろからだきしめられて、しかもちっともいやだとは思わない自分に、狭也はおどろいた。振り払わないと、誰かにみられるかもしれない。
「これが、狭也の言っていたものか」
 稚羽矢の声が体に伝わってくる。狭也は半分やけになって、ツリーを見上げた。青と銀色のモール、大きなリボンで飾られた様はなかなかのものだ。
 商店街の冬の名物を、稚羽矢が今まで知らなかったことも不思議だが、そんな人とこうしてぴったりくっついて、ライトアップの瞬間を待っているなんて、もっと思いもよらないことだった。
「飾りがないほうがいいのに」
 狭也は吹き出した。
「見ていて。光ったら、きっとあなたもきれいだと思うわ」
 駅前広場の時計が時報の鐘を鳴らすと、いっせいに電球が光った。狭也は目を細めた。しろっぽい光はどこか温かだ。
(あたたかい)
 稚羽矢がそばにいるからだ。だきしめるように回された腕を見ると、何も考えられなくなる。離れたいような、ずっとこうしていてもいいような。二つにさかれるような思いをめぐらせたまま、狭也はツリーを見上げていた。
 歓声があがるなか、しばらく無言でいた稚羽矢はゆっくりとささやいた。
「きれいだ」
 感じいったような声に、頬が熱くなった。
(これはツリーのこと。ツリーのこと、ツリーの)
「狭也?」
 稚羽矢がのぞきこんでくるのに気づいて、狭也は顔をそむけた。
「気づかなかったよ。光で装えば、木も初めて見るみたいに美しくなるんだね。どうしたの? 寒いか」
 目を向けたところで、親しげに頬を寄せあうカップルを直視してしまい、いよいよ狭也はあわてた。自分たちも、周りから見ればそうした恋人たちとなんらかわらないことに気づいたのだ。
「帰りましょ」
 稚羽矢の腕を押し退けると、狭也は顔も見ずに言った。すなおにうなずいた稚羽矢はといえば、当然のように狭也の手をとって、歩きだした。
「ちょっと! あなたの家はこっちじゃないでしょう」
 つないだ手のあたたかいこと。振り払えないのは、この人が憎めないからだ。
 稚羽矢は立ち止まって、振り返った。
「一緒にかえろう」
「もしかして、家にくる気」
 笑った顔にほだされてはいけない。
「狭也の家の夕飯が、また食べたい。それと、またあなたの布団で寝たい」
「絶対にだめ。帰りなさい」
「どうして。もうだめなのか」
 かなしそうな顔を見ると、邪険にもできないところがつらい。
「・・・・・・今日だけよ。それと、ご飯を食べたらすぐに帰ると約束して」
「わかった。きっとそうする」
 稚羽矢の家は国見ヶ丘という高級住宅地にある。母はすでになく、父は滅多に戻らない。姉と兄も稚羽矢のしたいようにさせるのが方針らしい。自分の身にあまりかまわない彼が、どんな食事をするものか、想像するまでもなかった。
「今日はたしか鍋の日だった」
 それなら、急な来客でも母はあまり困らないだろう。狭也はうれしそうな稚羽矢の横顔をみつめた。帰っても誰もいない家に、一人にさせるのは忍びない。そう思うこと自体、すでに彼に巻き込まれているのかもしれない。
 布団をもう一組、押入れから出しておいた方がいいかもしれないと、狭也は思った。 
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