麗し女を、ありと聞こさば6

2011.12.02.Fri.04:07
 ささやかな宴の席はすぐに整えられた。池のほとりで、笑いながら、あきれながら酒を飲むのは悪くないことだった。
 宴もたけなわとなった頃、稚羽矢と狭也があらわれた。二人は礼をすると、裳裾さばきも見事に、笛の音にのせて舞って見せた。
「ふん」
 笑う姉王は、じつにやさしいまなざしで、それを眺めていた。
「見ろ、月代。我らの弟は、まったく変わったな」
 裳をはいていようと、稚羽矢は女人には見えなかった。背筋をのばし、顔を高く上げたさまは、きりりとしていて、雄々しくもあるのだった。狭也を見つめる目はいとおしげで
、親しみと信頼をいっさい預けきっているような風だった。
「見ていられません」
 照日王は声もなく唇を笑わせた。
「嫉妬か。下界に降りたくなったか」
「まさか」
 稚羽矢のことがうらやましく思えるときがあるとすれば、弟が地上の民となって、大勢の人々に囲まれ、悩みながら、笑いながら、日の暮れるのを惜しみ、朝日がのぼることを喜べるからなのだ。
 地上と天では、何もかもがちがう。馬を駆って野山をめぐったことが、じつに遠く思われて、月代王は息を吐いた。
 天の宮では、何かを思えばすぐにそれがかなえられる。地上にいたころ感じていた息苦しさは消えたが、何かに心を激しく揺さぶられることもないのだった。
「稚羽矢はたいそう難儀な道を選んだことだと、そう思ったのですよ」
 唐突に美しい花を選べなど、おかしいことだと思ったが、どうせのこと、はやく妃を選べとせっつかれでもしたのだろう。
 「美しい花」を選べば、角が立つ。かといって、選ばなければいつまでも問題は宙に浮くことだろう。
 照日王は髪を耳にかけながら、仕方ないといったようにつぶやいた。
「我らが出る幕はないのだよ。今宵、それがよくわかった。多少困ることもあろうが、稚羽矢はなんとかやっていくだろう」
 月代王はうなずいた。ふと思いついて笛を用意させると、高らかに吹き鳴らした。
 それは歌垣を彩る楽曲だった。顔を見合わせた稚羽矢と狭也に、照日王は話しかけたのだった。
「妻くらい、ほしいのを選べ」
 稚羽矢はびっくりしたように目をみはったが、すぐに笑顔になった。
「それから、もう二度とくだらぬことで呼び出すなよ。まあ、宴にはまた招かれてやってもよいが」
 天上の音楽が地上にみちると、人々は浮き足立ち、いつしか熱にうかされたように踊りだした。それを見るのも楽しいことだった。月代王は手に手をとった稚羽矢と狭也をみつめた。
(花があるとすれば)
 いきいきと美しい狭也は、ただ稚羽矢をみつめている。抱えあげられて笑い声をあげたが、周りの人々にはやし立てられて、狭也は首を縮めた。稚羽矢はかまわずに彼女の頬に口づけをした。
 吹きやめないまま、月代王は目を細めた。
(枯らしてくれるなよ)
 何かを願うような気持ちをおぼえたのは、久方ぶりのような気がした。
 
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