flower border

麗し女を、ありと聞こさば3

Category空色勾玉 二次
ふてくされた顔をした稚羽矢を連れて室に戻ると、狭也は彼を円座の上にすわらせた。
「稚羽矢。あなた」
 美しい紅梅の裳をはいて、それに似合う春の薄雲のようなごく淡い青色の衣を身につけた稚羽矢は、ほかの飾りは何もないのに解いた髪からはなやかさが匂うようで、狭也はため息をはいた。
 狭也は彼の手をとった。
「聞かなくとも、なんとなくわかるわ。誰かがあなたを花に仕立てようとしたのでしょう。あなたが装えば、可憐なつぼみも盛りの花も、恥じてしおれるでしょうから」
 ちらりと稚羽矢は目を上げた。
「なぜしおれる」
 肩に流れるまっすぐな彼の髪を、きまぐれに指に巻き付けた狭也は、顔を近づけてささやいた。
「あなたは美しいの。憎たらしいほどね。姫君たちは、大王たるあなたがそんな格好であらわれたら、はずかしめられたと思うでしょう。いけないことよ」
「あなたに諭されたい気分じゃない」
 狭也の腕をつかむと、稚羽矢は紅をはいた唇を手のひらに押し当てた。はっとした狭也を、射すくめるように稚羽矢は見つめてきた。
「わたしが大王だとしたら、なぜ何一つ思い通りにならないのだ。あなたを妃にと望むのが、そんなにいけないことなのか」
「稚羽矢」
 政のかけひきを疎ましく思うのは狭也も同じだった。しかし、かんしゃくを起こしてもどうにもならない。嫉妬をしてみせても、どうにもならないのだ。
 狭也は稚羽矢をだきしめると、肩口に顔をうめた。耳元に息がかかった。身じろぎをすると、のぞきこむようにして、ごく間近で稚羽矢は狭也と目を合わせた。
 こわい目だった。だが、どこか恨めしそうでもある。
「狭也がわたしを望まないのなら、すべてはだいなしになる」
「望まないですって? あなたは、あたしの気持ちを疑っているの」
 うなずいた人を、狭也はあきれた思いで見やった。
「狭也はこのことについて、何も言わない。良いとも、悪いとも。それは、どうでもよいからだろう」
 こみあげた怒りのままに、狭也は稚羽矢を突き飛ばした。片膝をたてて座っていた人はふいをつかれて床にひじをぶつけたようだった。腹の上に重石よろしく乗りかかると、稚羽矢の頬を力一杯両手ではさんでやった。
「もう一度そんなことを言ったら、大王は妻の尻の下に敷かれる円座だと言い触らしてやるから。おぼえていらっしゃい」
 びっくりした顔の稚羽矢は、かすれた声で言った。
「・・・・・・裳をはくより、あなたの円座になるほうが、ずっとましだ。たぶん」
 あらためて目をあわせると、難しい顔もできなかった。なぜかひどくおかしくなって、どちらからともなく笑いだした。
「そもそもあなたは、初めて会ったとき巫女の姿をしていたわ。いまさら恥じるのはおかしいじゃない」
「何も知らない赤子も同じだった。裸だろうと、なにか着ようと、あのときはどちらでもよかった。今はちがうよ。歩くのも、走るのも袴がいい」
 稚羽矢はいたずらを思いついた子どものように笑った。
「でも、裳のいいところが一つあった」
 稚羽矢は体を起こしながら、身につけた紅梅の裳のすそを、足のつけねまですっかりめくりあげてみせたのだった。
「ほらね」
 
 
関連記事

0 Comments

Post a comment