麗し女を、ありと聞こさば

2011.11.27.Sun.06:40
「御方におかれましては、どうか、妃たる姫を春までにはお決めあそばし、おそばにお召しになられますように」
「話はそれだけか」
 平伏した人に、稚羽矢はうんざりした声で告げた。
「そなたは、それしか言葉を知らないようだな。わたしの覚えでは、きのうも、その前も、その前も前も、そなたはわたしにそう言ったよ。忘れるものか」
 ぱっと顔を上げた男は、目を潤ませていた。
「ありがたき幸せにございます」
 稚羽矢はほほえんだ。
「そなたがそこまで言うのなら、狭也を今日にでも妃にしよう。できるのだろう?」
「御方」
 ひどくあわてた男は、追いすがるように稚羽矢の袴のすそに手を伸ばさんとしたが、むなしく手は空をきっただけだった。
「では、よいように」
 稚羽矢はちらりと科戸王に目をやると、御座をでていった。
(稚羽矢もそうとう腹を立てていたな)
 科戸王は稚羽矢の足音が聞こえなくなっても平伏を続ける男を、ひややかに眺めた。
 輝側でももっとも月代王の覚えがめでたかったという山城将軍は、自慢の娘を稚羽矢のもとに送り込もうと必死なのだ。
 御座にはいま、かつての輝と闇、両氏族の主な人々が顔を並べていた。
(狭也のことを無視し続ける気か)
 こんなところで、臆面もなく平伏して言うべきことではない。まったく配慮に欠けている。
 いや、と王は思い直した。彼ら輝の人々にとって、重要なのは彼ら自身と稚羽矢だけであり、闇の人々は口もきかず目もないただの影にひとしいのだ。無視しているつもりさえないのかもしれなかった。
「ご苦労なことですな」
 科戸王は、あざ笑って言った。
「大王には、すでに心にかける乙女がいる。あなたがたがどんな麗し女をつれてこようと、見向きもされないでしょう」
 隣に座った開都王が、肘をぶつけてきたが、かまわずに続けた。
「あなたがたは少々もうろくされたか、すっかりお忘れだろうが、もともと国生みは父なる男神と母なる女神が手に手を取り合ってなされたものだ。多少の諍いはあったとて、今では和みあい、地上に残る我々をよみしたまわれた」
「わかりきったことを。歴史を教わらずともけっこう」
 顔を上げた山城王は、こわばった顔で見返してきた。科戸王は戦場で斬り結びあったかつての敵をにらんだ。
 なんなら、今こそ決着をつけてもかまわない。戦場であろうと、宮内であろうと、一歩も引く気はなかった。不当な扱いを黙っていたら、彼らはどこまでも強引に我が物顔で振る舞うだろうことは目に見えていた。
「大王の結ぶべき相手は、とうに決まっているということだ。お美しい娘御には、もっとよいお相手をさがされるとよいでしょう」
「大王にお仕えできなければ、娘は我が身をはかなむやもしれぬ。こちらは本気だ」
「本気とは、おもしろいことですな。こちらも静観するだけとはいきません。大王にふさわしい乙女がどなたか、すでに御方はご存じだ。それを邪魔すると申されるのかな」
 輝の人々がざわめき、不満をあらわにした。闇の陣営も黙ってはいない。開都王は苦々しい顔つきで、押し黙っている。
 山城王は立ち上がると、手を一つたたいた。ざわめく人々が静まるのを待ってから、彼は続けた。
「多くの美人をごらんにいれることが、不敬にあたるというのか? わたしはそうは思わん。御方は、もっと広く世をごらんになるべきだ。決めるのは、それからでも遅くはあるまい」
 まばらに起こった拍手を、科戸王はうんざりした思いで聞いていた。
「立派な枝角をもつ鹿ならまだしも、たんなる麗し女には稚羽矢も興味をひかれんだろうさ」
 開都王はため息とともに言った。
 山城をたきつけてしまったことに気づいたが、悔やんでももうおそい。
 科戸王は、隣にいる一つ目の王の顔を見られそうにもなかった。
 
 
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